ゆっくりと
ゆっくりと目を開けた。
規則正しい時計の秒針を刻む音
僅かに漂う消毒液の香り
そして───
「僕は・・・」
PANIC
気がつくと病院のベッドにいた。
薬品の匂いが僅かに鼻をくすぐる。
外はとてもいい天気。
「初めまして遠野志貴―――ちゃん。回復おめでとう」
初めて見るおじさんはそう言って握手を求めてきた。
にこやかな笑顔と四角い眼鏡がとても似合っている。
でも、その目はとても怖かった。
ジッとこちらを見ている。
「志貴ちゃん。先生の言っていることがわかるかい?」
「それはどうして僕が病院にいるかという疑問に対しての言葉ですか?」
おじさんは僅かに笑みを引っ込めた。
「覚えてないんだね。君は自動車事故に巻き込まれたんだ。胸にガラスの破片が刺さってね、とても助かるような傷じゃなかったんだよ」
―――ふうん・・・
「医者の言う台詞なのでしょうか・・・」
僕がボソッと呟くとそのおじさんはギョッとした顔をした。
「・・・眠いです。眠ってもいいですか」
「あ、ああ・・・そうしなさい。今は無理をせず、体の回復につとめるのが一番だ」
おじさんはそう言ってそそくさと部屋を出ていこうとした。
「一つ、聞いていいですか?」
「何だね?」
おじさんは早く出ていきたいらしく少しぶっきらぼうな返答をした。
「どうして体中に落書きなんかしているんですか?それにこの部屋もヒビだらけなんですけど・・・」
「やはり脳に異状があるようだ・・・脳外科の芦家先生に連絡を。もしかすると眼球の方かも知れん。午後にでも目の検査に回すように―――せっかく世界でも未だ見たことのない例だ。何としても生かさねばならん」
おじさんは僕に聞こえないようにこっそりと看護婦さんに話しかけた。
―――聞こえているんだけど・・・
僕はとりあえず寝ることにした。
「なんなのかな、コレ」
見ているだけでとても気持ちが悪くなるぐちゃぐちゃした線。
意味はよくわからないけど全てのモノにそのラクガキがある。
僕はベッドにある線を指で押してみた。
ツプリと指が沈んだ。
僕は慌てて手を引っ込めた。
何故かとても怖かったから。
僕は棚の上にあるリンゴを取った。
やっぱりリンゴにもあった。
僕はその線を指で強めになぞった。
カシュッ―――
リンゴが綺麗に割れてしまった。
僕は怖くなってリンゴを捨てた。
「ねえ、どうして手でリンゴが切れたの?」
隣のベッドにいた女の子が僕に聞いてきた。
「知らない。勝手に切れたんだ」
僕はそう言って横になった。
「ケチ・・・教えてくれてもいいのに・・・ねえ、女の子同士仲良くしましょうよ」
?女の子?
「僕は男の子だ!」
ガバッとベッドから起きるとその女の子を睨む。
「ウソ!?じゃあダンソーノレージンってやつ?」
女の子は僕をジロジロと見る。
「お姉ちゃんの持っている漫画で見たんだ。女の子が男の子の格好をしているの・・・あなたもそうなの?」
「だんそーのれーじん?」
よく分からない。
僕は首を傾げた。
「ああっ・・・可愛いよぉ・・・」
女の子は僕をジッと見つめる。
僕は何だか怖くなった。
「とにかく僕は男の子!」
僕はそう言って横になって布団を頭からかぶった。
―――変な子・・・僕、男の子だよ!?女の子みたいって言われるのもイヤだけど僕のこと女の子って決めつけて・・・
「?」
僕はその時初めて体の異変に気が付いた。
「!?」
―――無い!?
僕はガバッと起きてベッドの側にあったボタンを何度も押した。
パタパタパタ
「どうしたの!?」
すぐに看護婦さんが駆けつけてきてくれた。
「〜〜〜〜〜〜」
僕はどう言っていいのか分からずに視線を上に下にと移動させた。
「何かあったの?」
看護婦さんは隣のベッドにいた女の子に聞いた。
「この子ね、自分のこと『僕は男の子だ!』って言うの。それってダンソーノレージンって言うんだよね?」
―――未だ言ってるよ・・・
「―――ああ、成る程。志貴ちゃん、ちょっと待っててね。先生を呼んでくるから」
看護婦さんはまたパタパタと忙しそうに出ていってしまった。
僕は何がなんなのか分からずにただ泣かないようにしているしかなかった。
暫くしてあのおじさんがニコニコしながらやってきた。
―――何がそんなに嬉しいんだろう・・・
「志貴ちゃん。君が言いたいことは「どうして女の子って言われるのか」だよね」
とりあえず頷く。
「君が自動車事故に巻き込まれたというのは言ったけど、その時に何かの弾みで女の子になってしまったらしいんだ。まさに人体の神秘だよ」
おじさんは嬉しそうに言う。
「先生達もいろいろと調べているんだけどその原因は未だに分からなくてね・・・」
おじさんは本気で残念そうにため息を吐いた。
「ま、時間はたっぷりあるから色々としら・・・検査させてもらうよ」
―――本音が出たな?
僕は深々とため息を吐き、ベッドに潜り込んだ。