一時の夢なら見ない方が良い。
それが一瞬だけの現実なら───いや、得られなければ意味はない。
一瞬でも会えるのなら何を犠牲にしても良いと思うかも知れない。
しかし、一瞬でも会ってしまえば・・・恐らく貪欲に求めるだろう。
目を閉じはしたが耳は塞がなかった。
それは志貴を求めていたから。
あの台詞を聞いてしまったから。
何よりも甘美で、麻薬のように求めてしまう。
抗う事は出来ない。
どうしようもない。
私は志貴を抱きしめ、現実を噛みしめていた。
出ないと思っていた涙が出る。
でも、ロクに声が出ない。
「志貴・・・・・志貴・・・・」
出るのは「志貴」という言葉だけ。
万の言葉を尽くして気持ちを伝えたかった。
しかし出るのはたった二文字。
でも、それだけで充分だった。
「先生・・・会いたかった。縁は切れていませんでした」
───縁があったらまた会いましょう───
忘れていた言葉。
そのまま別れたくなくて、志貴を説得し、自分を納得させるために言った言葉。
さよならではなく、また会いましょうと・・・・
もう、完全に手詰まりだ。
論理的にも感情的にも───魔術師としても女としても。
夜想曲
「───先生」
志貴がとても優しい声を耳元で囁く。
「まず、あの場所でずっと待ってくれてありがとう」
私だけが分かる場所。
あの出会った場所で───全てが始まった場所で私は待っていた。
いつ戻ってくるか分からない。
それでも待っていた。
ホテルに荷物を置き、時間の許す限りあの草原で待ち続けた。
あの時のような力があの地に満ちた時に向かえばいいと分かっている。
しかし、どうしても待ちたかった。
結果的にそれは正解だった。
あの時のような膨大な力は感じなかった。
月光の下、その草原に儚く柔らかな風が吹き・・・そこに志貴が眠っていた。
「───どうして知ってるのかな・・・」
志貴が優しく背中を叩いてくれたせいか、私は何とか落ち着きを取り戻せていた。
「ずっと見てました。全てを───あの場所からでる事は出来ませんでしたから・・・見るだけしかできませんでした」
寂しそうに志貴は言う。
「志貴・・・この状態を長く維持できないって、どういう事?」
「───この体は器としてはまだ小さいのです。あと少し───あと半年はあの場所で様子を見ながら器の調整をしていなければなりませんでした」
「半年・・・半年くらいなら」
そう言いかけた時、四季が納得したように頷いた。
「心の限界を見たって訳か。秋葉達の」
「え?───ああ」
四季の科白で理解できた。
私はあの場所で信じて待っている事が出来るが、私以外の人達は志貴がいつ何処に現れるか分からない。
結果、アルクェイドのように志貴と関わりのある場所を廻って志貴が戻っていないか確認しなければ気が済まなくなるような状態まで追い詰められているのだ。
「だからアナウンスをするためにわざわざ無理して出てきたって訳か」
「うん・・・まさか出た瞬間に僕自身が弾かれるとは思っていなかったけど・・・」
「妙なところで抜けているのはお前らしいな」
四季は志貴に苦笑を見せた。
「俺から秋葉達には伝えておく。お前は早く元に戻れるように努力すればいい」
「・・・うん。四季、ありがとう」
「へっ、今まで色々迷惑掛けたんだ。出来損ないでも伝令くらいの役割は果たさねぇとな」
「四季は今一生懸命頑張ってるし、他の人以上に飲み込みが早いから出来損ないなんかじゃないよ」
少し怒ったような志貴の声。
私は志貴の両肩にソッと手を置く。
「謙ってんだよ。じゃあな・・・また半年後」
四季はそう言って私達に背を向けるとそのまま去っていった。