繁華街の人混みを避けるように女性は路地裏へと歩を進める。
人気のない路地裏を幾度か曲がり、やがて女性は立ち止まった。
薄汚い、薄暗い、そう言った言葉の良くあう場所。
しかしそこだけは周囲に建っている建物のせいか僅かに空間が空いていた。
僅かに拓けたその場所に女性は立ち、ゆっくりと目を閉じた。
夜想曲
───ここで再会した。
真祖の姫と埋葬機関の第七司教が共に歩いている所に私が物珍しさからちょっかい出し、そこから志貴の話が出てきて戦いになった・・・
でもまさかこんなところで、そしてあんな形で再会するとは思っても見なかった。
彼は突如として現れ、志貴の為と言って私を連れ出した。
一番見られたくない場面だった。
が、彼は志貴であって志貴ではない存在。
志貴にあのような姿を見られなかっただけでも救いだったと今は思う。
コツコツとつま先で地面を蹴る。
そこは至る所に小さな窪みがあり、足場としては悪かった。
けれどもそれがとても懐かしく感じた。
「こんなに感傷的になるなんて・・・ね」
夜目に慣れたとは言えほとんど先の見えないその空間を見渡して小さく笑う。
私は見ているわけではなく視ているのだ。
過去のあの時の場所を・・・
笑えた。
けれども笑えなかった。
自分に嘘を吐くなんてしなかった私がその人のためを思って自分にとって尤も辛い嘘を吐いて相手を傷付けた。
「なんて―――愚か」
つま先で地面を蹴る。
息が詰まる。
頭に血が上る。
「ば・・・かっ・・・」
そして―――泣きたくなった。
嘘だ。
自分は志貴を離さないと決めたではないか。
嘘だ。
志貴のためといって志貴が泣くのを無視して逃げたではないか。
嘘だ。
何もかもデタラメで何もかもが嘘だ。
私は耳を塞いでその場に踞った。
夜の街を目的無く歩いていた。
それはいつもの日課であり、悪癖の一つといわれて久しいモノだった。
男───遠野四季は缶コーヒー片手に道を歩いていた。
その日は暇つぶしにと朝から遠出をし、この時間になってようやく三咲町に帰ってくる事が出来た。
「やたら疲れたな・・・」
缶の中に残っていたコーヒーを飲み、盛大なため息を吐く。
秋葉と顔を合わすのが気まずく、休日は朝から出歩く事が多かった。
そして寝るのも屋敷の方ではなく離れの和室で眠っていた。
「・・・はぁ」
缶を空き缶入れに放り込み、何度目かのため息を吐く。
久我峰の穴は途轍もなく大きかった。
それを俺と俺が強引に引っ張ってきた七夜の二人が埋め、何とか遠野グループは体勢を立て直した。
驚いたのは七夜黄理の組織統轄術だった。
信賞必罰を確実に行い、自身も前線に出、得る給料も必要最低限だった。
七夜志貴はそのサポートを機械的に行い、秘書課の仕事を一人でこなしていった。
初めのうちは久我峰の残党があれこれと言ってきてはいたものの、あの大事件の際に が書き換えた権利証や七夜と軋間の制裁を恐れ、次第に久我峰の残党は姿を消していった。
「反則だよなぁ・・・軋間と七夜が仲良いってのは」
あの一件を思い出し、俺は痛み出した頭を押さえながら空き缶入れの側に設置されている自販機の前に立った。
と、
タッッ
何かが俺の横をかすめて走っていった。
「?」
それはとても懐かしい後ろ姿。
途端に眩暈に似たものが頭を揺さぶる。
そして俺の頭の中に聞き覚えのある声がした。
───思い出せ。忘れた事なんて、無いはずだ・・・
その声と共にある記憶がフラッシュバックする。
チャリッ
持っていた金が投入口に吸い込まれていく。
「あの後ろ姿は・・・あの姿は・・・」
俺は自販機に入れた金の事も忘れてその後を追って走った。