ジーンズパンツを履き、軽く目を閉じる。

思い出されるのは彼のことのみ。

それでため息を吐く。

女性の回想はまだ続く。

ほんの一時の記憶にもかかわらずすべてを鮮明に覚えている。

だから余計に悲しかった。

 

 

 

 

 

夜想曲

 

 

 

 

 

まさか存在するとは思っても見なかった。

伝説の存在だと思っていた。

そしてこの少年はそれを何も知らずに使っている。

そう思った瞬間に私は動いていた。

「志貴―――!」

パン、と頬を叩いた。

「先・・・・・・生?」

志貴はビックリした顔で私を見ている。

「―――君は今、とても軽率なことをしたわ」

今のうちに教えておかなければいつか志貴が壊れてしまう・・・

私は志貴の頬に手を添え、ジッと見つめた。

志貴は私の顔を見て今にも泣き出しそうな顔をした。

本来の私なら恐らくそのまま言葉責めをしていただろう。

「・・・・・・ごめん、なさい」

志貴はポロポロと涙を零しながら謝ってきた。

私の胸にズキンと鈍痛が走った気がした。

私はそれを誤魔化すために志貴を抱きしめた。

そのまま顔を見ていたら私はこの子を叱れない。

そんな気がした。

「―――謝る必要はないわ」

私の口からはそんな言葉が出ていた。

「でもね、志貴。今誰かが君を叱っておかないと、きっと取り返しのつかない事になる。その代わり、志貴は私のことを嫌ってもいいわ」

ズキン

今度は違った痛みが走った。

鼓動が早くなる。

―――嫌われたくない・・・この子に、志貴に嫌われたくない・・・

私の中で何かが叫ぶ。

「・・・・・・ううん。先生のこと、嫌いじゃないよ」

その一言が私を救ってくれた。

「―――そう。本当に、よかった。・・・・・・」

私は心から安堵のため息を吐いた。

「私が君に出会ったのは一つの縁だったみたい」

私は詳細を知るために、対処法を探すために志貴にそのラクガキのことを聞いた。

志貴は不安そうにラクガキのことを話してくれたが、私はその話を聞き、抱きしめる腕に力を込めた。

短期間とはいえ、それが見えることは不安以外の何者でもないだろう。

私は志貴にその眼のことについて簡単に説明した。

志貴は不安そうに、助けを求めるような顔で私を見る。

「そうね。その問題は私が何とかするわ―――どうやらそれが私がここに来た理由のようだし」

―――魔眼殺しは姉貴の所にある。覚悟を決めるか・・・

私はため息を吐き、心配そうな顔をする志貴に微笑んだ。

 

そして志貴の情報があがり、志貴が七夜の者であることまで掴めた。

私は姉貴の所に行き、魔眼殺しを無理矢理奪った。

志貴のこと以外私にとってどうでも良いことだった。

そして翌日。

私は協会からの用が入ったため、今夜にでもここを発たなければならなかった。

今日が私と志貴の最後の語らいになる。

そう思うと私はとても辛かった。

志貴から離れたくないという想いは私の予想を超えていた。

自分でも驚きだった。

出会った時と同じような天気だった。

出会った時と同じような格好だった。

「はい。これをかけていれば妙なラクガキは見えなくなるわよ」

私は志貴に魔眼殺しの眼鏡を手渡した。

初めは眼鏡に抵抗をみせていた志貴だったが、私が強引にかけた途端、

「うわあ!すごい!すごいよ先生!ラクガキがちっとも見えない!」

志貴は眼鏡をかけて大はしゃぎした。

その姿を見て私は思った。

―――私は志貴を影から守ってゆこう。と

私はその後二、三何か言った気がした。

実は全く覚えていない。

私のことだ。志貴に酷いことは言っていないだろう。

そろそろ時間だった。

私は何も言わずに去ろうとした。

別れではないから。

しかし志貴は何かに気付いたのか必死に私を行かさないようにしていた。

―――ああ、やっぱり・・・私は志貴から・・・

そんな言葉が頭をよぎったが、私はそれを振り払い、志貴を説得した。

そしていよいよ別れ―――

私は風と共に跳んだ。

その時風に乗って志貴の「ありがとう」と言う台詞が聞こえた気がした。

そして八年後。私は志貴と再会した。

そして―――

 

 

「・・・・・・ああ。あそこはまだ・・・」

女性はそう呟き部屋を出る。

志貴と再会し、次に訪れた所へ・・・