水音が消え、ドアが開く。

 

「やっぱりダメね・・・冷静でいられない・・・か。ここまでとはね・・・」

 

女性はそう言って億劫そうに裸体のままベッドまで行く。

 

「やっぱり・・・私も骨抜きにされていた訳か・・・」

 

ため息を吐き、トランクの中から洗いざらしの白いTシャツを取り出す。

 

そして又ため息を一つ・・・・・・

しかしそれは肌と衣服の擦れ合う音にかき消された。

 

 

 

 

 

夜想曲

 

 

 

 

 

私は良い人間じゃないと自覚している。

人に指図されるのも嫌い。

人のために動くなんててしたくはない。

ただ・・・

志貴は別だった。

 

私があの時あの場所に行ったのはそこに大きな力の流れを感知したからだった。

その場所に足を踏み入れると、幼い子供の苦しそうに咳き込む声が耳に入った。

そしてその声のする方へ行くと蹲っている少年がいた。

消えてしまいそうな儚さ。

それが第一印象だった。

「君、そんなところでしゃがんでいると危ないわよ」

私はそう声をかけた。

「え・・・・・・・・・?」

少年は顔を上げ、私を見た。

私はその眼に惹かれた。

特殊なモノであることはすぐに察知出来た。

しかし純粋すぎる眼。

私のようなモノを引き寄せる力を持つその目は何なのか

それほどの力を持つこの少年の純粋な瞳は一体何なのか

私はその少年から目を離せなくなっていた。

「ここで会ったのも何かの縁だし、少し話し相手になってくれない?私は蒼崎青子っていうんだけど、君は?」

出来る限り親しみやすく私はそう話しかけた。

「僕、志貴」

少年はそう言って私の手を握ってくれた。

 

その手の温もりと志貴の顔を私は今でも覚えている。

その時から私は志貴に捕まっていたのかも知れない。

志貴の言葉を聞き逃すまいと真剣に耳を傾けた。

志貴は嬉しそうな顔で色々なことを話してくれた。

その笑顔が

私を暖かくしてくれた。

志貴は自分の身の上を語ってくれた。

しかしその中に出てくる家の名は私に疑問を感じさせた。

「遠野」

―――おかしい。

志貴の目は浄眼にしか見えない。

浄眼とは見鬼の眼であり退魔の象徴とも言われている。

遠野と言えば―――全く逆の存在だ。

私はこの事を確認する必要があると感じた。

「ああ、もうこんな時間。悪いわね志貴。私、ちょっと用事があるからお話はここまでにしましょう」

そう言って私は立ち去ろうとした。

背後で悲しそうな、泣きそうな志貴の気配を感じた。

私はその気配を感じ慌てた。

志貴が悲しむ姿を見たくない。

「じゃあまた明日、ここで待ってるからね。君もちゃんと病室に帰って、きちんと医者の言いつけを守るんだぞ」

「あ―――」

背後で志貴の嬉しそうな気配がした。

私も嬉しい気分でそこから離れた。

 

調べるのに数日の時間を要した。

その間午後は志貴と会って話をしていた。

志貴は嬉しそうに私と話をする。

私を知る人間がこの光景を見たらどう思うだろうか。

奴隷を作ろうとしているのだと思うだろうか。

私は純粋に志貴に惹かれていた。

ある日

「ねえ先生。僕、こんなコトができるよ」

志貴はそう言って果物ナイフで生えていた木を切った。

なぞったというのが正確かも知れない。

けれど切ったと言って間違いではない。

その木は根本から切断されたのだから―――

しかしその断面は世界中どの様な刃物やカッターを使ってもここまで見事に切ることはできないだろう。

「すごいでしょ。ラクガキが見えているところなら、どこだって簡単に切れるんだよ。こんなの他の誰にもできないよね」

志貴は嬉しそうにそう言った。

私を驚かしたくてやったのだろう。

けれどその行為が志貴の魔眼を私に気付かせてくれた。

それは

―――直死の魔眼―――