「イヤだ・・・お姉ちゃん・・・・・・」

少年は泣きながら探していた。

風と共に去っていった人物を。

女性は嘘を吐いた。

その少年のことを思って。

その想いは―――

 

 

 

 

 

夜想曲

 

 

 

 

 

 

少年は金髪の女性───アルクェイドに連れられて大きな屋敷に向かった。

着くまでの間、少年は何も答えず虚ろな瞳のままだった。

アルクェイドは少年の昔のことや興味を引きそうなことを懸命に話したが全く反応がない。やがて彼女は何も話さなくなった。

 

大きな屋敷に着くと二人の女性が出迎えた。

満面の笑みを浮かべている女性と今にも泣き出しそうな顔をした女性だった。

しかし少年は焦点のあわない瞳にその女性達を映しているだけだった。

二人の女性はアルクェイドに何故少年がこの様な状態なのか詰め寄った。

だがアルクェイドは悲しそうな顔で首を振るだけだった。

 

大きな屋敷の応接間に少年は連れて行かれた。

そこには修道服を着た女性と黒い長髪の女性が居た。

二人は少年に駆け寄り、泣きながら少年を抱きしめた。

黒髪の女性は何度も少年に謝った。

だが、やはり少年は反応を示さなかった。

二人の女性はアルクェイドに詰め寄り、何故少年がこの様になったか問いただした。

アルクェイドは沈んだ顔でノロノロとこれまでの経緯を話し始めた。

その話を聞いた女性達は青ざめた顔で少年を見た。

少年は人形のように表情もなく、唯そこに立っているだけだった。

先程まで笑顔だった女性は目に涙を浮かべ泣き崩れ、泣き出しそうだった女性は耐えきれずに応接間から出ていった。

黒髪の女性は血が出るほど唇を噛んで感情を抑え込み、修道服の女性はカクンと糸の切れた操り人形のようにその場にへたり込んだ。

みんながみんな『生きてさえいれば、そばに居てくれればそれで良い』と思っていたため、この様な事態になるとは思わなかったのである。

少年はかつて自分が生活していたという部屋に通された。

少年はベッドに腰掛け、焦点のあわない目で窓を見ている。

窓は僅かに開いており、そこから一匹の黒猫が入り込んできた。

その黒猫は当たり前のように少年のヒザの上に乗って少年を見詰める。

しかし少年は反応を見せない。

黒猫は少年のヒザの上で丸まって動かなくなった。

少年はようやく動きを見せる。

黒猫をゆっくりと抱きかかえると、そっとベッドに寝かせた。

黒猫はされるがままにベッドの中に入ったが、

少年は一緒に寝なかった。

少年は窓枠に腰掛け、外を見ている。

いつの間にか少年の瞳は元に戻っていた。

 

 

「―――らしくない。らしくない・・・」

女性はトランクを無造作にベッドの上に放り、呪文のようにそう呟いていた。

少年から逃げるように去った後、ずっとこの調子だった。

「・・・・・・自分で分かってて言う嘘なんて・・・」

イライラしているのか落ち着きなく部屋の中を彷徨く女性は、ここ数時間で癖になったため息を吐き、目を閉じる。

「――――――ック」

目を閉じて浮かぶは少年の姿・・・

「志貴・・・チョコバーまだ残っていたっけ・・・」

そう言うと三分の一くらいのチョコバーを取り出し、口付ける。

「・・・甘い」

そう呟き少年のことを思い出す。

「無限ループにはまったか・・・」

女性はため息を吐き、気分転換をしようとシャワールームへと向かった。

 

 

扉が閉まる。

 

 

窓が完全に開け放たれる。

 

 

そして入る。

 

 

そして出る。

 

 

女性がシャワールームに入ったのと同時刻、少年は窓から飛び降りた。

 

 

何かを求めて

 

 

それが

 

 

新たな始まりとなることを

 

 

この時、

 

 

誰が

 

 

知っていたであろうか・・・