少年は医院を出る際、宗玄から菓子と小遣いを貰った。
「又来いよ」
と言われ、少年は嬉しそうに頷いた。
そして再び女性と歩き出す。
目的地なんてモノはない。
ただ一緒にいる女性と宛もなく歩くだけ・・・
それだけでも少年は嬉しかった。
「お姉ちゃん」
「何?」
「はい!お姉ちゃんにもあげる」
「・・・ありがとう。一緒に食べよっか」
「うんっ!」
嬉しそうに頷く少年に女性はチョコバーを二つに折って大きい方を手渡す。
「お姉ちゃんが大きい方食べて」
少年の心配りに小さく微笑む。
「私はさっきお昼ご飯を沢山食べたからそんなに入らないの。だから私は小さい方がいいな」
「ふ〜ん・・・分かった〜」
少年は少し考えた後に自分なりに納得したのか女性に小さい方を渡し、手元に残ったチョコバーを食べ始めた。
「さて、次は誰の所に・・・」
そう呟いた女性はハッとする。
それは良く知っている気配。
「―――お久しぶりね・・・」
そこには鋭い目で睨む金髪の美女がいた。
夜想曲
「ブルー・・・貴女・・・・・・」
キッと睨むその金髪の美女は忌々しげに女性を睨む。
「アルクェイド・・・貴女が此処まで来るなんて意外ね」
「ッ・・・志貴を・・・何処にやったの?」
そう言うとアルクェイドは殺気を込めて間合いを詰めた。
「駄目ッ!」
「ッ!!?」
一触即発の状態の中、その間に割って入ったのは少年だった。
「危ないから下がってなさい!」
女性はアルクェイドから目を逸らさずに少年を叱る。
「ヤダ!喧嘩はいけないことなんだもん!!お姉ちゃんも!!」
女性に怒った口調で叫んだ少年はアルクェイドに顔を向け、アルクェイドにも怒る。
少年にとってこれから起きるであろう事は凄い喧嘩くらいの事に思えたのだろう。
実際は喧嘩どころの話では済まないのだが・・・
「―――何よこの・・・え!?」
僅かに殺気を込めた目で少年を睨んだアルクェイドだったが、その瞳は限界まで見開かれた。
「志貴!?」
驚いたと言うよりも信じられないモノを見たという表情のアルクェイドに志貴は少し不機嫌そうに口を尖らせる。
「?なぁに?お姉ちゃんは僕のことを知ってるの?」
そんな志貴に女性は小さく吹き出し、苦笑しながら声をかけた。
「・・・志貴、彼女はアルクェイドと言って君の大切な人の一人だったのよ」
背後からの女性の声に志貴は振り向こうとしたが、
「志貴ィ〜ッ!!」
その直前にアルクェイドが抱きついてきた。
「会いたかった・・・会いたかったよぉ・・・・・・」
力を込めて抱きついてくるアルクェイドに志貴は悲鳴を上げそうになったが、その声が震えていることに気付き、苦しげな表情を浮かべながらも声を出さずジッとしていた。
「・・・アルクェイド・・・志貴を殺す気?」
酸素欠乏症かミシミシといっている骨の激痛か志貴の顔色はかなり悪くなっていた。
「ック・・・会いたかった・・・・・・ァ、御免・・・・・・」
女性に言われ、アルクェイドはようやくユルユルとその抱擁を緩める。
「・・・・・・・・・・えっと・・・アルクお姉ちゃん・・・?」
志貴はケホケホと小さく咽せ、少し苦しそうな顔をしながらアルクェイドの顔をしげしげと見た。
そんな志貴を見て想いが止められなくなったのかアルクェイドは涙目で志貴を見つめる。
「・・・・・・志貴ィ〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・だから強く抱きしめようとするな!志貴が壊れる」
そう言うと女性はアルクェイドが再び力一杯抱きしめる直前に志貴を素早く奪う。
「あ・・・志貴・・・・・・」
先程の姿から想像もつかないような弱々しい声で志貴の名を呼ぶアルクエイド。
「・・・・貴女、此処には志貴を捜しに来ていたの?」
女性は志貴を解放し側にあったトランクに腰掛ける。
「・・・・・・そうよ。志貴は生きているって分かっていたから・・・どうしても会いたくて・・・少しでも気配や匂いのするところを探ってたの・・・」
地べたにペタンと座り込み、弱々しい声でそう答える。
「―――志貴は全ての記憶を失っている。家族のことも自分に関係していた人間全ての事も・・・」
項垂れているアルクェイドに女性はそう言い、志貴を手招きする。
「志貴、さっきも言ったけど彼女はアルクェイドと言って、君が命を懸けて守ろうとした人の一人よ・・・で、どうする?」
女性は腕を組み、目を瞑ったまま静かに言った。
「え?どうするって・・・?」
志貴は戸惑ったように女性の顔を見る。
「彼女と居れば恐らく他の人とも関われる。君が守ろうとしていた他の人達にも会える・・・」
そこまで言って女性はフッと息を吐く。
「───そうね。志貴にはその方が良いかもね・・・」
「えっ!?」
驚く志貴を後目に女性は立ち上がり、トランクに手をかける。
「やだっ!お姉ちゃんっ!」
志貴は女性の服を掴み、必死に頭を振った。
「・・・どうしたの?記憶が元に戻るかもしれないのよ?」
女性は振り向かずに何でもないような声で志貴に訪ねる。
「お姉ちゃん・・・いっちゃヤダ・・・行っちゃヤダよぉ・・・・・・」
「志貴・・・・・・」
「お姉ちゃんっ!」
必死なその声に女性はゆっくりと振り返る。
「ブルー・・・あなた・・・」
その目には涙。
「・・・・・・君にはそれが一番なの・・・志貴、縁があったらまた会いましょう」
そして風が吹き―――
風と共にその女性はそこから姿を消した
そこに残っていたのはアルクェイドと泣きじゃくる志貴だけだった・・・