少年はその女性に手を引かれながらゆっくりと歩いていた。

少年は何かに気付いたように顔を上げ、女性に聞く。

「ねぇお姉ちゃん」

「何?」

「今どこに向かっているの?」

女性は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「昔の君が良くしてもらった人の所・・・君の主治医よ」

「ふぅん・・・怖い人?」

「そうねぇ・・・・・・怖いというより厳しいかな」

「う〜っ・・・・」

顔をしかめ、僅かに歩みを遅くする少年。

そんな少年に微苦笑しながら女性は言葉を付け足す。

「でも・・・君のことを一番良く知っていて君を大切に思ってくれている人よ」

 

 

 

 

 

夜想曲

 

 

 

 

 

 

女性と少年は病院とはほど遠い佇まいの家の前に立っていた。

女性がインターホンを押し一言二言言うと中から家政婦らしき人物が出てきた。

「先生が奥でお待ちです」

そう述べるとすぐに奥へと下がっていった。

「さ、行きましょう」

女性は気にした様子もなく少年の手を引き奥へと歩を進める。

 

「小僧、本当に小さくなったな・・・」

診察室に入って早々、中にいた初老の男性から発せられた。

少年は突然声をかけられたためか女性の後ろに隠れ、オドオドとその人物を見る。

「フム・・・記憶まで抜けておるか・・・不思議なこともあるもんじゃ」

診察室内にいたのは医者とはほど遠い格好の老人だった。

女性はその老人の言葉に肩をすくめて言葉を付け加えた。

「でも私に全くの無抵抗で付いてきたしね・・・何となく知っているような様子よ?」

「何?このエロ学派、女の事は覚えていてワシのことは覚えていないって事か?!」

クワッと眉をつり上げる。

「!!?」

睨まれた少年は今にも泣きそうな顔で震えていた。

「・・・・・・まぁよいわ。小僧、自分の名は覚えているか?」

小さくため息を吐くと、多少不機嫌ながらも老人は少年に問いかけた。

「志貴・・・」

「?・・・名字はどうした?」

「え?・・・・・・」

志貴と名乗った少年は不思議そうな顔で老人を見た。

「こやつ・・・まぁよい。ワシは時南宗玄じゃ・・・ま、お前さんは良く『じいさん』と呼んでいたがな」

「・・・そーじいちゃん?」

ビシッ

「・・・違うの?」

「・・・・・・許可する」

「うんっ!」

「・・・・・・どうやら精神も完全に白紙のようじゃな」

「ええ。だから私がこうして彼と縁の深い人達と対面させて少しでも記憶を戻るようにと―――顔がにやけているわよ」

「ワシが面倒を見よう」

「え?」

女性は一瞬何を言われたのか分からないと言った表情だったが、すぐにいつもの表情に戻り

「志貴は私と共にいることを望んだのよ?」

「ここにいれば朱鷺恵も面倒見てくれる。良い環境の中でこそ記憶は戻る」

「・・・そーじいちゃんって呼ばれて孫代わりにしようとかたくらんでない?」

「・・・・・・小僧はどう思う?」

宗玄から突然話を振られた志貴は狼狽えた表情で二人を見る。

「・・・え?」

脅えた子犬のようなポーズをとる志貴。

「えっと・・・・・・・・・・・・・・・う〜〜〜〜〜〜っっ」

とうとう泣きはじめた志貴に二人は顔を見合わせ頷く。

「―――仕方あるまい。偶に来るということで妥協してやる」

「そうね。それで妥協しないと・・・ほら志貴。もう怖いことないから。ね?」

女性はゴシゴシと目をこする志貴の頭をポンポンと軽く叩く。

「・・・うん」

怖ず怖ずと頷く志貴に女性は笑みを浮かべる。

「さて・・・嬢ちゃんと志貴は昼食まだじゃろ。食っていくか?」

宗玄の台詞に志貴はコクリと頷き、女性は志貴が頷いたのを見て同意の意をみせた。

「さてと・・・少し待っておれよ」

そう言って立ち上がると診察室を出る。

―――楽しい昼餉になりそうじゃ。

診察室を出ていく宗玄が小さくそう言ったが、二人は顔を見合わせ、ニッと笑った。