「併用不可?」

「その眼・・・恐らくその眼の力を行使する際にはすべての回路を開いてもまだ足りないでしょう」

「何故・・・」

「貴方様方を・・いえ、七夜の里の者達を長らく見てきた中で・・・その眼は異質」

「異質」

僅かに悲しげな表情を見せた志貴だったが、すぐにいつもの表情へと戻る。

「昔の貴方様の眼は今の眼とは異なるもの・・・いえ、最も七夜らしいのではありますが・・・しかし」

老人は息を吐き、小さく首を振る。

「その眼の負荷に貴方様は耐えることができません」

 

 

 

 

 

 

月光ノ元ニ流ルル風

 

 

 

 

 

 

老人の台詞は宋玄の台詞を思い出させるのに充分だった。

「・・・それほどこの眼は厄介なモノ。か」

―――でもその眼を保ったという事は決して無駄な事じゃないの―――

「厄介であっても無駄ではない。切り札としては上等すぎるな」

微苦笑する志貴に老人は不思議そうな顔をする。

「どうかなされましたか?」

「ああ、悪い。少し昔の事を思い出した」

滅多に見せない志貴のその表情で何を思い出したのか察した老人は小さくため息を吐く。

「あの魔女・・・ですか」

「今のこんな俺を見たら張り倒されかねないな」

「むしろ喜ぶでしょうね・・・・」

「?それはど・・・」

「移動するぞ」

「すぐに大元が来ると?」

「あの程度で倒せるのなら教会が始末しているはずだ。先に撃たれた獣と今撃った獣は同じ・・・恐らくこちらの力量を確かめただけだろう」

弱ければ獣の餌。多少強くてもこちらの攻撃では倒す事は不可能。

「それほどの相手なのに何故わざわざこちらの力量を?」

「そこに一番厄介そうな者が居るからだろう・・・」

「・・・・ああ、忘れていた」

「?」

二人の視線の合わさった場所に立つのは首を傾げる老人。

「人を危険人物のように言いませんでしたか?」

「黙れ人外。もとの七夜の森の再奥にある祠に帰れ。そして二度と出てくるな」

「残念ながら新しいお屋敷に祠を用意しているのですよ。黄理様のご厚意に心から感謝しております。それに式神は使役されるものですよ?」

「使役されてないだろうが・・・個人で好き勝手に動き、伝令と見張りをしているところしかみたことがないぞ!?」

「他にも方向感覚を狂わせる霧を出してみたり人を惑わせてみたり・・・」

「何故かすぐにでも倒さなければならない相手のように思えてきたが・・・」

「・・・こちらの害にならないのならそれで構わない。場所を変えよう」

黄理の台詞に二人は会話を切り上げ、公園を出た。

 

 

夜の闇より深い闇に満たされたその場所でパキリ、パキリと何かが砕かれるような音が響く。

周囲に立ちこめるのは血と腑の臭い。

「―――まだ足りぬか」

響く男の声。

そこは人の滅多に入り込む事のない裏路地の更に奥。

ビルに囲まれ袋小路になっているそこに今は月光は入ってこない。

しかしそこに光が生まれた。

電子音と共にその光は僅かばかりの周囲を照らす。

その光と音は携帯電話の着信を知らせるものであった。

些細な光ではあったが、その限られた僅かな光が照らし出したモノは―――赤に染まった人の指の破片だった。

しかもそれは携帯電話のバックライトが消える前に闇色の獣によって食べられ、

グジャッ

携帯電話は何者かによって踏み潰され、再び漆黒の闇に包まれた。

「―――獣達が撃たれたか・・・」

感情のない声が闇に響き、そしてその惨劇の場所からゆっくりと遠ざかる足音が消え、五分と経たず、

ゴウッッ

炎によってすべての痕跡が焼き払われた。