「夕食時にお呼びいたしますのでそれまでお休みください」

「ありがとう。あと、これを秋葉か割烹着の人に渡しておいてくれないかな」

「?・・・畏まりました」

翡翠は志貴から盗聴器を受け取ると一礼し、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

月光ノ元ニ流ルル風

 

 

 

 

 

 

「あの反応は――――潔癖性か、男性恐怖症・・・なのかな」

志貴が盗聴器を渡そうと近付いた時に翡翠の体が強ばったのを見過ごさなかった。

だから志貴は直接ではなく直前で落とすように翡翠の手の上に落としたのだった。

「昔は大丈夫だったが・・・・・・よく分からないな・・・爺さんに聞いたら分かるかな?」

扉の前に立ったままそう呟き、思考を切り替える。

二つの思考がぐちゃぐちゃになっている今の状態を早く治さなければ拙い事になる。

志貴はベッドへと倒れ込み、目を瞑ると深呼吸をした。

絡まった思考を解し、情報を整理する。

退魔としての七夜。

平凡な日常を生きている志貴。

遠野の屋敷に入ってまだ一時間程度しか経っていないにもかかわらず、今まで分けていたこの二つが急速に混ざり始めていた。

「―――だから未熟者、か・・・」

常に冷静に志貴を見ている黄理の言った台詞をポツリと一言呟き、志貴は大きなため息を吐く。

そして目を瞑ったまま携帯電話を取り出すと、短縮ダイヤルを押した。

 

 

夕食は静寂の中始まり、静寂を守ったまま終わった。

何か言いたげな秋葉だったが志貴は食事を終えるまで一言も口を利かなかった。

そして食事を終えた時、

「―――秋葉。何か言いたそうだけど、どうかした?」

ようやく口を開いた志貴に秋葉は安堵の息を吐いた。

「いえ、兄さんが怒っているように見えたので・・・」

「怒っている?・・・・食事の時は滅多に会話しようとしないからかな。ああ、今夜少し出かけるけど」

「この時間からですか?」

「そ。アルバイトにね」

「差し支えなければ、そのアルバイトについて」

「ゴメン。それは仕事の関係上言えないんだ」

応接室とはまったく違う優しい声に秋葉は虚を突かれたような顔をした。

「どうかした?」

「いえ・・・・」

「まあ、遠野に迷惑を掛けないようにはするから」

「別にそこまで気を遣っていただかなくて結構です。きちんとここに帰ってきていただければ・・・」

「当分ここにいる予定だから大丈夫だよ」

苦笑混じりにそう言うと席を立つ。

「ぁ・・・」

「頭を撫でていたようなあのころとは違って、しっかりとした性格のようだ。それでこそ当主だ」

志貴はそのまま食堂を出ていった。