夕闇が辺りを覆う中、志貴は人気のない坂道を上っていた。

その坂を上った先に遠野の屋敷がある。

志貴の心情がそのままに現れているのか、足取りは重い。

立ち止まる事数回。ようやく坂を上りきり、

「・・・・やっぱり一般の家とはスケールが違うな」

遠野の屋敷の正門に着いた。

 

 

 

 

 

 

月光ノ元ニ流ルル風

 

 

 

 

 

 

インターフォンを押し、防犯カメラを見る。

『はい。どのようなご用件でしょうか』

「有間志貴です。こちらに伺うようにと言われてきたのですが」

嫌み半分で志貴が告げるとすぐに門扉のロックが外れる音がした。

『お待ちしておりました。中へお入りください』

「・・・どうも」

志貴はカメラに軽く礼を言い、門をくぐった。

カシャン――――カチッ

門をくぐるとすぐに扉が閉まり、錠が下りる。

「―――閉じこめられた・・・って感じだな」

閉められた門を見た志貴はため息混じりにそう呟くと屋敷の方に向かって歩き出した。

 

 

「お帰りなさいませ、志貴さま」

割烹着を着た女性が満面の笑みを浮かべ、玄関前で待っていた。

志貴はその女性をじっと見つめると、僅かに首を傾げた。

「あの、何か?」

「失礼ですが、昔からここにいませんでしたか?」

「えっ?」

不意の台詞に少々面食らった顔をした割烹着の女性だったが、すぐに笑顔になる。

「ひょっとして、これってナンパですか?」

「いえ、ちょっと昔ある人から物を借りてまして」

「・・・・・・・・」

割烹着の女性の僅かな動揺を志貴は見落とさなかった。

「君かな?俺にこれを貸してくれたのは」

志貴はジャケットの内ポケットから白いリボンを取りだした。

「ぁ・・・・」

女性の視線がその白いリボンに釘付けになった。

「今まで貸してくれてありがとう。これは確かに返すよ」

「・・・・・・・・」

リボンを受け取った女性に先ほどまでの笑顔はない。

リボンを両手で包み込むように持ち、ゆっくり、本当にゆっくりと息を吐く。

「どうして、分かったんですか?」

「眼の色。雰囲気で40%。キーワードで反応するか試して80%・・・現物を見せて確信したよ」

志貴の台詞に女性は目を瞑って再び息を吐く。

「――――まさか、こんなに早くすべて壊されるとは思ってもみませんでした」

「よく分からないけど、それを渡すのが悪い事だったら、ゴメン」

「・・・いえ、これで良かったのです」

フッと自嘲気味に笑う女性。

「本当の表情に近いのかな・・・少なくともさっきまでのような笑顔よりは貴方らしいですよ」

「!?」

「さっきまで眼。僅かに笑っていませんでしたよ―――失礼します」

そう言って志貴はその女性の横を通り、遠野の屋敷の中へと足を踏み入れた。