「最悪この眼帯を着けて生活だな」
「それは勘弁ですね」
「しかしお前さんはそうするじゃろうな」
「・・・・・・」
志貴は答えなかった。
月光ノ元ニ流ルル風
「必要であればどんな札でも切る・・・・七夜志貴はそう言う人間じゃ」
苦々しい顔をする志貴に宋玄は呵々大笑する。
「診察は終いじゃ。又来月来ればいい」
「来られれば、ですが」
「そうじゃな・・・」
会話が止まる。
「―――では、もう行きます」
「くれぐれも遠野で問題は起こすなよ?」
「相手の出方次第です」
宋玄に背を向け、診察室を出ていく志貴。
宋玄はその後ろ姿を見て小さくため息を吐いた。
「後どれだけ保たせられるか・・・・」
その呟きは吐き出した宋玄以外の誰の耳にも入らなかった。
志貴は新たな・・・懐かしい遠野の屋敷へ向かって歩を進める。
遠野の人間に会って退魔衝動を抑える自信はなかった。
だが、抑えきれないのならそれで良いとも思っていた。
「どうしたものか・・・な」
追い出された時の事を考え、幾ばくか金を下ろさなければならない。
現在財布の中には4189円入っている。
これだけあれば充分に足りるだろうと自身に言い聞かせ、再び足を動かす。
携帯電話が鳴った。
「はい」
『まだ遠野の屋敷に着いていないと思いましてな』
電話の主はあの老人だった。
「ああ。何か?」
『いえ、貴方はどのように接するおつもりなのかと・・・それによってはこちらもマンションの手配などをしておきませんと』
「手配はしておいて欲しい。金なら俺の口座からあるだけ出しても構わない。一室借りるくらいなら足りるだろ?」
『一室どころの話ではありません。何かと問題があるのでマンションを買い取るようにと黄理様は仰っています』
「金銭感覚がずれていないか?」
『まあ、それだけ志貴様の事を思われているのですよ』
「過保護すぎだろ・・・」
『兎も角です。退路は確保しておきますので自身の信じた道をお進みください』
老人はそう言って通話を切った。
志貴は携帯電話を仕舞うと気怠げな息を吐く。
遠野の屋敷に行かないという選択肢は無い。
―――さて、記憶が戻っている事を明かすか、それとも・・・・
交差点で立ち止まり、しばし瞑目する。
すべき事は二つ。
返却と返上。
それを行った後に相手の出方次第で動くとしよう。
怪しんでいるのなら切り札以外の手札を見せればいい。
歩行者用の信号が赤から青に変わり、志貴はゆっくりと目を開ける。
結論は出た。
志貴は僅かに歩む速度を速め、横断歩道を渡った。