「志貴くん。久しぶりね」

「・・・・そう、ですね」

「朱鷺恵。一時間ほど小僧の相手をしてやってくれ」

「一時間だけ?」

「それ以上は小僧の方も困るじゃろうからな」

「眼鏡のメンテナンスに一時間近く掛かるのも問題が」

「掛かると思ってくれ」

「・・・・・・分かりました」

志貴は深いため息を吐き、女性―――時南朱鷺恵に引きずられるように診察室を出た。

 

 

 

 

 

 

月光ノ元ニ流ルル風

 

 

 

 

 

 

志貴は朱鷺恵が少し苦手だった。

一時期は恋人だった間柄の二人だったが、それは志貴が互いに依存しない関係を好んだためだった。

それが崩れた時、自然と志貴は朱鷺恵から距離を置くようになった。

「志貴くん。最近わたしがいない時ばかりここに来ているようね」

「学校やアルバイトの絡みもあるから仕方ないよ」

困ったような顔をする志貴に朱鷺恵は寂しげな視線を送る。

その視線に志貴は心の中でため息を吐く。

「朱鷺恵さん、ずいぶんと弱くなったね」

「・・・うん。お父さんにも言われた」

「爺さんが?」

朱鷺恵の父は宋玄。

その宋玄が志貴と朱鷺恵の関係を黙認していた事自志貴には体驚きだった。

「お父さんが攻撃してくると思った?」

「正直言うとね・・・」

「お父さん、わたしが志貴くんの重りにならないような関係でいるのなら何も言わないって言ってくれたの」

「・・・・・・・」

志貴は軽いめまいを感じた。

一度宋玄と話し合わなければならない。そう思いながら朱鷺恵の用意したお茶を飲む。

「わたしね・・・自分がこんな風になるとは思わなかったんだ」

静かに語り始める朱鷺恵に志貴は目を瞑って耳を傾ける。

志貴が話を真剣に聞く時の癖のようなものだった。が

「えいっ」

朱鷺恵はその癖を利用し、志貴の唇を奪った。

「朱鷺恵さん」

「わたしは志貴くんの事絶対に離さないから。それだけは覚えていて欲しいの」

微笑んでいる表情とはまったく違うその声色。

志貴は小さく息を吐き、もう一度お茶を飲んだ。

 

 

「おう、話は終わったか?」

「爺さん・・・朱鷺恵さんになんて事を言ったんですか」

「ワシがこんな人間だからな。まあ妾ができたと喜んでおけ。じゃが子供は認知しろよ?」

志貴は目の前の医者を本気で殴りたい衝動に駆られかけた。

「さて、眼鏡の方を返すぞ」

「何か、あったんですか?」

宋玄の声のトーンが僅かに変わったのを察知した志貴は眼鏡の方を見る。

何も変わった様子はなかったが、宋玄の口からは爆弾発言が飛び出した。

「この眼鏡だと、その眼を後数回使えば押さえ切れぬじゃろうな」

志貴が問題を又一つ抱えた瞬間だった。