学校を出ていつもと違う道を行く。
ただし、向かう先は遠野の屋敷ではない。
志貴には遠野の屋敷に行く前に行かなければならない所があった。
「場合によってはこれが最後か・・・」
志貴が向かった場所は幼い頃から知っている掛かり付け医のいる医院。時南医院だった。
月光ノ元ニ流ルル風
「おお・・・来たか」
受付を済ませ、診察室に入るとそこにはこの医院の主、時南宋玄が座っていた。
そして志貴を見るなりため息を吐いた。
「どうして俺の顔を見るなりため息を吐く?」
「気にするな」
「俺がらみで厄介事・・・・遠野か?」
「分かっておるようじゃな。まったく、あの嬢ちゃんは誰かがしっかり手綱を握っておかねばああなるんじゃな」
又一つ、大きなため息を吐く宋玄に志貴は僅かに眉をひそめる。
「診察記録でも奪われたか?」
「医者の守秘義務なんぞ奴らには道端の芥も同然じゃからな。でもまあ、ダミーを渡しておいたから問題ないじゃろう」
ニヤリと笑う宋玄に志貴は顔をしかめ、
「初めから用意していたという訳か」
「そもそもお主のその眼と傷については一切記録しておらぬ。遠野の先代からしつこく言われて多少書いたが、その時からずっとダミーを用意しておったわ」
「悪党だな」
「お主ら程ではないがな。さて、診察してやるから脱げ」
志貴は言われるままに上着を脱ぐ。
「ふむ・・・もうここは問題ないようじゃな。問題はその眼か」
診察を手早く済ませた宋玄が机の上に置かれていた箱から細長い布を取り出す。
「これで目を覆え。眼鏡は外せよ」
「しかし眼鏡がなければ」
「良いから早くしろ」
宋玄の一喝に志貴は渋々眼鏡を外してその長布で目を覆う。
「目を開けてみろ」
「・・・・・・?」
志貴はゆっくりと目を開け、驚いた。
視界の先には意地の悪い笑みを浮かべる宋玄がいた。
「どうじゃ?見えるか?」
「ああ・・・」
「アレは、見えるか?」
「いや・・・見えない」
アレとは、志貴が眼鏡を掛ける事で封じている通常なら見る事のできない点と線。
それは志貴の人生を変えるきっかけとなったものの一つであり、また、志貴の寿命を縮めている原因の一つでもあった。
「やはりお主のその眼は浄眼封じの聖布で押さえる必要があるようじゃな」
「俺には魔眼殺しのこの眼鏡が」
「それじゃと僅かではあるが体に負担が掛かる。まあ、特注の代物らしいから通常の魔眼殺しとは違うんじゃろうがな」
「しかし、これを着けたままだと目立つのでは?」
「まあな。この布はお主からその眼鏡を借りる間着けておいてもらう応急処置用じゃよ」
「―――何をするつもりだ?」
「眼鏡のメンテナンスじゃよ。少し時間が掛かるんでな・・・朱鷺恵と遊んでおれ」
「!?」
カチャリと扉が開き、女性が診察室に入ってきた。