「・・・・・・・・」
都古は志貴をじっと見つめるだけで動こうとしない。
「えっと・・・」
本当に好かれているのかと今からでも啓子を問いつめに行こうかと思いながら、志貴は次の言葉を考える。
都古は何をしに来たのか。それを合わせて考えた結果、でてきた言葉は。
「ああ、お休みの挨拶がまだだったね。都古ちゃん。お休みなさい」
都古の表情が少し険しくなった。
月光ノ元ニ流ルル風
いつものように志貴と都古は五分以上見つめ合い、結局志貴に何も伝わらぬまま都古が退散した。
「――――やっぱり、嫌われてるとしか思えないんだけど」
そう呟きながら扉を閉め、再び鍵を掛ける。
この部屋でこうして眠るのも今日で最後。
志貴は閉めた扉に背を預けると息を吐いた。
再びあの時の事を考えようとして――――止めた。
また無駄に考えて時間を浪費するのは好ましくないと判断した結果だった。
「・・・・・もう寝よう」
ため息を吐きながら明日の準備を手早くすませる。
明日、遠野の屋敷で何が起こるか分からない以上、志貴は万全の状態で臨みたかった。
それから数分後、志貴の意識は落ちていった。
翌朝、朝食を終えた志貴は文臣と啓子に深々と頭を下げた。
「今までありがとうございました」
「志貴さん・・・」
啓子は悲しげな表情で志貴を見つめる。
「辛い事があったら戻ってくればいいんだぞ」
文臣は読んでいた新聞を下げると志貴にそう言った。
文臣にとってはこの場の雰囲気を変えるための一言のつもりだったのだろうが、その台詞に啓子は表情を硬くする。
「背水の陣で臨みますよ」
志貴は苦笑しながらそう返すと文臣は不思議そうな顔をした。
「では、そろそろ行きます」
「ああ、変な言い方かも知れんが、がんばれよ」
文臣の言葉を背に受けながら志貴は居間を後にした。
「志貴さん」
玄関先まで見送りに出た啓子が呼び止めた。
「では、今までありがとうございました。部屋に残った物は処分してもらって構いませんので」
「本当に、何があっても戻ってこないつもりですか?」
啓子の台詞に志貴はゆっくりと頷く。
「―――はい。有間に迷惑を掛けたくありませんから」
戻れば遠野が何らかのアクションを起こす事は目に見えている。
ここで有間との関係をバッサリ切っておいた方がいい。
志貴はそう決めていた。
「でも」
「大丈夫ですよ。啓子さん・・・もう行きますね」
「―――――気をつけてください。遠野の方々は少し、変わっていますから」
「今まで育ててくれて、ありがとうございました」
志貴は深々と頭を下げると有間の家を後にした。