「どこ・・・?」

僕は周りを見る。

そこは真っ暗な森の中。

木はとても高くて空は見えなかった。

ここはきっと部屋の中みたいに閉じこめられた場所なんだ。

僕は何となく理解した。

この森から出る事が出来ないだろうという事を・・・

 

 

 

 

 

夜月

 

 

 

 

 

誰かが見ている。誰かが視ている。誰かに見られている。誰かに視られている。

僕は辺りを見回す。

分からないけれど、誰かに見られているような気がする。

一人じゃない。もっと大勢の人達がいる・・・

気配はない。

でも、どこからともなく、それもたくさんの人達に見られていることだけは分った。

色々な気持ちの混ざったような視線。

うまく言えないけど、良い気持ちはしなかった。

すぐにでもここから逃げたかった。

『誰?』なんて聞きたくない。

そんなことを思った。

―――僕等は、キミだよ。

声がした。

「え・・・?」

―――そう。僕等はキミ。

「君達は・・・僕?」

訳が分からない。

―――そう。僕達はキミの砕かれた心。

―――僕達は封じられたキミの記憶。

―――だから僕達はキミを恨み、憎む。

何を言っているのか、分からない。

―――キミに僕達の知っていることを教えてあげる。

―――さあ、木に触れてみて。

僕は言われるままに気に触れた。

バチッ

何かが頭の中で弾ける。

「っ?!」

思わず手を離そうとした。

けど、手は吸い付いたように離れない。

怖い、怖い、こわ・・・

バチッ

映像が僕の頭の中でコマ送りのように瞬間瞬間が見えた。

「あ・・・あ・・・・・あ、あああ・・・」

ビクンビクンと体が震えるのが分かる。

目の前が真っ白になって何も見えなくなった。

そして―――

 

 

壁掛けの時計が鳴った。

「一時間・・・か」

橙子は確認するように時計を見て小さく溜め息を吐く。

時計と志貴を度々見る橙子。

そんな橙子を青子は殺気の籠もった目で睨む。

「・・・もし志貴に何かあったら・・・殺すわよ」

「ふん。勝手にしろ・・・」

青子の台詞を鼻で笑うと志貴の頭を撫でる。

その目は誰も見たことがなかったであろう眼鏡を外した橙子の柔和な顔。

「もし何かあったら・・・私も自分を許さないだろうしな」

橙子の呟きに青子はハッとし、俯く。

辛いのは同じなのだ。姉がここまで変わったのも目の前で眠っている志貴のお陰。

そして志貴のことを思い、今危険なことをしている。

すべては志貴の為なのだ。

「ゴメン。姉さん・・・」

「私達は過保護にも程がある。大丈夫。志貴は強い・・・私達が思っている以上にな。」

冗談めいたその台詞に青子は苦笑し、小さく頷いた。

 

 

あの月夜。

森の中を歩き、行き着いた先にあったモノ。

出会った人。そしてその後・・・・

屋敷に入って後の僕の性格と行動の設定と洗脳。

屋敷の外にでることのない篭の中の鳥のような生活。

優しい義父とその周りの人々。

兄のように接してくれる同い年の男の子と気弱な一つ下の女の子。

そして兄の豹変と妹に向けられた刃・・・

それを咄嗟に庇って刺された僕。

僕は、誰なのか。

「僕の本当の名前は・・・」

思わず声が出た。

―――キミの名前は変わらない。君の本当の姓は七夜・・・滅ぼされた一族の姓だ。

「滅ぼされた・・・」

何故か驚きはなかった。

―――キミには憎しみはないのか?

「・・・うん。君達が思い出させてくれたから・・・お父さんの言葉も」

―――?

「僕は眠っていたけど君達は聞いていた言葉・・・『今までのツケが回ってきた。俺達は人を殺し過ぎた』って」

僕は泣いていた。

「だって悪いことだもん・・・お父さんもみんなも先に悪い事をしたから・・・」

―――奴等を憎まないのか?

「うん・・・お義父さんも四季お兄ちゃんも優しくしてくれたし・・・僕は生きているから」

―――・・・・・・

何も言わないまま暫く時間が過ぎる。

―――それなら好きにしろ。だけど忘れるな。僕達はいつもキミのことを見ている。

「・・・教えてくれてありがとう」

僕は心からお礼を言った。

瞬間、周りの景色が一変する。

そこは牢獄だった。

そしてそこでは『兄』が蹲っていた。

「四季、お兄ちゃん?」

四季お兄ちゃんはビクリと体を震わせた。

「志貴、か?」

「うん」

「夢・・・か?」

「死んでなくて・・・ごめんなさい」

「莫迦野郎・・・怒ってねぇよ」

「でも、ごめんなさい・・・僕、今までここのうちの子供だとばっかり思っていたから」

「・・・・・・」

お兄ちゃんはビックリしたような顔をした。

「気付いたのか?」

「教えて貰ったんだ・・・」

「・・・そうか。その、俺のこと・・・恨んでいるか?」

「お兄ちゃん・・・僕、お兄ちゃんのことも他のみんなのことも恨んでないからね」

「!!―――夢の中でも、嬉しいよ」

お兄ちゃんは安心したようにそう言った。

そこで再び景色が変わって、はじめにいたあの森へと戻ってきた。

―――キミはどこまで人を許すつもりなのか?

少し怒っているような声。

「僕が許したいと思うだけ許すの・・・君達は許してくれないと思うけど」

―――僕達はキミとは仲良くできないかも知れない。

「僕は仲良くしたいんだけどな・・・」

―――・・・・・・

何も言わない。

「駄目?」

―――駄目。僕達は誰とも仲良くしたくないから。

その台詞と共に僕は意識を失った。