「・・・・・・」

「・・・・・・」

オロオロする志貴を前に二人は困ったような顔をしていた。

「実践的ではなく実戦的なもの、かな」

「可愛くって優しい子なのに本気で志貴は実戦のモノしか受け付けない・・・と。」

涙ぐみながら二人に救いを求める志貴を見て姉妹揃ってだらしない笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

夜月

 

 

 

 

 

「どうやら志貴には難しすぎたようだな。ふむ・・・では別のモノを教えるとしよう」

橙子はそう言って暫く思案する。

「で、これはどうする気?」

破片と呼ぶには細かすぎる扉だったものを指さし、青子が一言問うが、

「お前が壊したのだからお前が直せ」

───帰ってきたのは無下な言葉だった。

「私がそう言ったもの苦手なのは分かっているはずよ?」

「・・・そうか!」

「何がよ───まさか忘れていたとでも?」

よほど嫌なのか青子は殺意の籠もった目で橙子を睨む。

「馬鹿を言うな。志貴の属性の見当が付いたのだ」

「え?」

「他にも色々調べるつもりだったが、先の仮説を更に展開しようと思ってな・・・まぁ、ある種の実験だ」

ニヤリと笑って言った橙子の言葉に青子は首を傾げる。

「そうだな・・・実証する為にはお前が適任だな」

「適任って・・・何をする気?」

橙子は志貴の頭を撫でると優しい声で

「志貴。次に教えるものはな───青子から風についてと肉体強化について習ってくれ。私はその間に少し調べたい事がある」

そう言って微笑んだ。

 

 

「───もしあの仮説が正しければ・・・とんでもない化け物を作り出す事になるな」

橙子はトントンと自信の眉間の僅か上に指をあて考え込む。

その目は先ほど志貴を見ていた優しい目とは正反対の感情のない冷たい瞳。

「七夜・・・かそれとも・・・いや、眼に関するものは・・・」

椅子に深くもたれ掛かり、橙子は思案の海に身を浸らせる。

仮説を立て、それを否定し、再構築する。

幾つもの仮説をぶつけ合い、最後まで残った説を更に練り直す。

何度もそれを繰り返し、自分の記憶にある事実と結びつけ、真偽を自身に問う。

そして───

数分、数十分と続いた沈黙が破られた。

「───如何なるモノであろうと、それが真実。か・・・」

ライターを手にし、深くため息を吐く。

ボッッ

ライターは僅かな炎を火口から発し、その周囲を照らす。

「なるほど。そう考えれば・・・アレだけの戦闘能力も説明が付く」

火を消し、ライターをテーブルの上に縦置くと席を立つ。

橙子は本棚から一冊の古書を取り出し、目次を見た後に目的のページを開く。

古めかしい本の臭いが橙子の鼻孔をくすぐったが、そんなものに意識を向ける余裕はなかった。

一字一句逃すまいと橙子は文字を眼で追い続ける。

しばしの間読み耽っていた橙子だったが、不意に本を閉じると青子達の居る部屋へと向かった。

 

 

顔を真っ赤にして項垂れている志貴の背後から思い切り抱きついている青子に橙子は感情のない声で問う。

「何処まで進んだ?」

その声に志貴に目を向けていた青子が顔を上げる。

「そうね・・・私はもう驚かないわ。志貴ったらこれだけの時間で肉体強化の初歩を覚えたわ」

青子はハァッと息を吐き、ヒラヒラと手を振った。

「やはりそうか・・・志貴、悪いが少し来てくれ」

「ぁ、はい」

志貴はまだ赤い顔をブンブンと振ると橙子の元へと行こうとした。

が、

「ぁぅっ・・・」

「ほら、志貴。ガンバレ〜」

からかうように青子が声をかける。

「にゃぁぁぁぁっっ・・・」

青子が抱きついたまま体重を軽くかけてきたために始めはジタバタ動いていたが、

仕舞いには涙目で入り口に立っている橙子を見ることしかできなかった。

「───早くしろ。事は一刻を争うのだ」

眼鏡を外し、一瞬だけ不快感を示した橙子だったが、すぐに踵を返して部屋から出ていった。

「あらら・・・嫉妬しているだけじゃないとすると、こりゃ少し厄介かもね」

青子はそう呟き、志貴の頬に軽いキスをすると立ち上がって志貴の手を引き、部屋を後にした。

 

 

「志貴。君にはまた辛い思いをしてもらわねばならない」

瞬間、部屋の空気が凍り付いた。

「・・・ぇ?」

「ちょっ、姉さん?!」

橙子の台詞に固まる志貴と慌てる青子。

「・・・・・・痛い?」

志貴は不安げな表情で橙子を見る。

「―――いや、痛くはない。だが・・・志貴にとって最も辛い事になるだろう」

「だったら!」

青子が声を張り上げる。

「だったらしなければ」

「イヤ、これは今しなければならないことだ。だが、今すると・・君の心が歪んでしまうかもしれない・・・最悪、君の心が死んでしまう」

「・・・・・・」

言葉が出ない。

二人揃って志貴を見詰め、言葉を待つ。

「僕・・・」

怯えた瞳で志貴は橙子を見る。

「僕、怖い・・・」

「そうだろうな・・・わざわざ確認を取って悪かった」

そう言うと志貴の額に文字を描き、ソッと書いた部分を掌で押し当てた。

瞬間、

「ぁ・・・・・・」

目を見開きしばし虚空を見た後に、

ガタッ

志貴はその場に崩れ落ちた。

「姉さん!?」

「―――黙ってろ。これは・・・どうしても確認しなければならないことだ」

橙子は苛立たしげな表情で青子を睨むと志貴を抱き上げ、ベッドへと連れて行った。