「病院のそばで事故があったらしいな」
部屋から出てきた青子に橙子が声を掛ける。
「そうらしいわね」
青子は頭を掻きながらソファーに座りふんぞり返る。
「更に病院内で殺人誘拐事件も起きたらしいぞ」
「マジ?」
『誘拐・殺人』と言う言葉に青子が反応を見せる。
「・・・・・・そっちは関与無し。か」
「―――誘拐って犯人私なんだろうけどね。で、誰が殺されたの?」
「各階で2〜3人。警備員が一人。しかし遠野のご子息が誘拐されたとは書かれていない辺り情報規制は徹底しているようだ」
バサリと新聞を置き、橙子はフウッとため息を吐く。
「陽動ね」
「同感だ」
二人の見解は一致した。が、問題の解決策は出なかった。
七夜月君
「どうやら誘拐犯扱いだな」
「あの事故で死体はメチャメチャなのによく志貴が居ないと遠野家は判断したな」
遠野の動きを見てきた橙子はテーブルの上にあった書類を見てため息を吐く。
「大方、奴等の首謀者を締め上げて調べ上げたんでしょ・・・」
「そして志貴の担当医が居なくなっていた・・・と」
「え?もうやられたの?」
「―――どうした?」
「イヤ・・・私が殺す予定だったのに・・・」
グッと拳をつくって悔しがる青子。
その姿は心の底から本気で悔しがっていた。
「・・・奴は志貴に何かしていたのか?」
そして橙子も青子の言葉を受けて妙に殺気立つ。
橙子も橙子で目に見えるぐらいの魔気を漂わせ、今まさに魔術の限界を突破しようとしていた。
そんな中、
「ぅにぃ・・・・・・おはよぅございます」
志貴が起きてきた。
「ターゲットを確保したようです」
応接間。
そこで一人の男がバインダーに挟まれた書類を読み、ソファーに座っていた男に告げた。
「そうか・・・やれ。その前に直前に何か変ったことがなかったか聞き出せ」
男はそう言うとテーブルの上にあった分厚い帳簿を取り上げる。
そこには『調査資料』と銘打たれていた。
「了解いたしました・・・しかし槙久様もお人が悪い・・・志貴様のことが心配でしたら傘下内の病院に入れればよいものを・・・」
「アレに死なれては困るのだ。迂闊に周囲に知れれば一族に招集を掛けねばならないからな」
槙久はそう言い、調書を開く。
「四季を失った矢先にアレを狙うとは・・・遠野の意思に刃向かう者としてそれ相応の処罰を加えた。それよりも今はアレの確保が先だ」
一ページにつき一枚の写真とその時の行動を詳細に記されている調書に軽く目を通し、閉じる。
「今日中に居場所を調べられるか?」
「もし攫った者が関係者であれば―――」
「そうか。身内の者が気付くまでの間に何としても探し出せ」
槙久はそう言うと調書を手に立ち上がる。
「予定は」
「本日午前の予定は全てキャンセルいたしました」
「書斎にいる。重要な用件以外は近付けるな」
「御意に」
槙久はそれだけ言うと応接間を後にした。
「志貴、どこか痛まないか?」
「?はい。大丈夫です」
志貴は二人にペコリとお辞儀をするとチョコンと首を傾げた。
「ン?どうした?」
橙子はその様子を脳内に高画質モードで録画しながら問う。
「えっと、」
答えに戸惑う志貴。
そしてその後に出た言葉は二人の表情を変えるには充分な言葉だった。
「僕、ここにいても、良いのかなぁって・・・」
「「勿論!!」」
二人同時にクワッと目を見開き、そして同時に叫んだ。
「えぅぅ・・・」
そんな二人に怯える志貴。
しかし二人の想いの丈を込めた大演説は止まらない。
暴走特急を通り越して超中央特快運転といった感じだ。
「志貴、君は自分の可愛さが分かっていないようね。いい?君が普通の道を一人で歩いていたとする。すると老若男女問わずに君に釘付けになりその内テンパった奴が君に襲い掛かる。そしてそれを守るために何人かが瞬間的に君の護衛にあたり、君を安全な位置に連れて行こうと君を抱き上げる者も出てくるはずだ。しかしそいつは君を抱き上げた瞬間に己の心の奥底に眠る何かに火が着いて君を攫っていく。そんな可能性もない訳じゃないのよ?!」
「そうだぞ、志貴。私の調べでは遠野の者達のうち、上に立つ者達はすべて君に好意を持っている。そんなオオカミの群の中に傷付いた子羊を入れてみろ。なぶりものにされた挙句に美味しく何度も戴かれてしまう危険性だってあるのだ!そして何よりも私達が志貴を手放したくない」
一息で言い切る二人に志貴は何を言っているのか分からないといった表情で口をとがらせていたが、最後の言葉に志貴は顔を赤らめた。
「あの・・・」
「「ん?」」
志貴は真っ赤になった顔を隠すためか俯いたまま二人に問う。
「もう少し、ここにいても、いい?」
「「もう少しではなく何時までも居て良いぞ」」
満面の笑みを浮かべる二人に志貴は怖ず怖ずと顔を上げる。
「迷惑、じゃ、ない?」
「迷惑ではない。それに志貴、君は今狙われているんだ」
「え?」
橙子の言葉に志貴が固まる。
「ちょっと―――」
青子が橙子を止めようとしたが、橙子はそれを手で制止する。
「―――だから志貴が帰りたいといっても暫くは此処にいて貰う」
呆然としている志貴に橙子はそう言うと志貴を抱き上げた。
「志貴、私は嬉しいのだ。久しぶりに嬉しい。楽しい。暖かいといった優しい感情が志貴を通して伝わってくる。だから、私のためにもう少し居てくれないか?」
志貴を机の上に座らせ、視線を合わせる。
「―――うん、お世話になります、橙子お姉ちゃん」
「ああ」
「私には?志貴」
「あ、青子お姉ちゃん、宜しくお願いします」
その言葉に青子は満足そうに頷いた。