───数十分前───

「姉さんがあそこまで過保護だったとは・・・まさか志貴の為に仕掛けまで用意するなんてねぇ・・・」

「志貴は私にとっても大切な存在だ。志貴が危ないと分かっていて放っておくのはどうかと思うが」

「眼鏡外した姉さんがそんな事言うとは思わなかっただけよ」

青子は嬉しそうな顔でそう言い、机の上に置かれていた紙袋を持って部屋を出た。

「大切、愛しい・・・そんな暖かな気持ちを私に与えた子だ。打算や論理では解けない感情なんだよ・・・今私を動かしているものは・・・・・・」

他に人の居なくなった部屋で橙子はポツリとそう呟いた。

 

 

 

 

 

夜月

 

 

 

 

 

「チッ!これ以上はいられない!」

予め決められていた場所に集まっていた男達は周囲の気配を伺いながら話し合っていた。

「待ってくれ!それじゃあ私はどうなるんだ!?」

白衣の男が慌てて男達に問う。

「職務怠慢だと言われておけ」

「そんなっ・・・」

「ならばここで死ぬか?」

「ひいいっっ」

慌てて引き下がる白衣の男を後目に他の男達は今後の対策を立て直すため一旦引くと言うことで話をまとめた。

サササササッッ

男達は来た時同様素早くその場を立ち去った。

「くそっ・・・あのガキのせいで・・・」

白衣の男はフロアを何度も殴りながら悪態を吐いていた。

 

「ターゲット、ロック」

ゾロゾロと車に乗り込んでいく男達を眺めながら青子は志貴の目を押さえ、耳を塞がせた。

車が走り出し、病院の敷地を出て暫く走ったその時、

「サヨナラ」

青子がそう呟き、空へと跳び、風が吹いた瞬間、

ドォォォンンッッ

男達の乗った車が派手な音をたてて爆発炎上した。

車から勢い良く吹き出した火柱は天をも焦がさんばかりの勢いで燃え、辺りを明るく照らす。

乗っていた男達が車から出てこないことから見て恐らく即死だったのだろう。

眠っていた周辺住民達が目を覚まし、外に出てくる。

遠くの方から消防車と救急車のサイレンが未だに炎上している車目指して走ってくる。

周囲はすぐに人だかりが出来、賑やかになっていた。

しかしその周囲に青子と志貴の姿はない。

跳んだ後、地面に降りた形跡すらなかった。

まるで先程吹いた風に乗って飛んでいったかのように───

 

優しく頬を撫でる感触に志貴はギュッと瞑っていた目をゆっくり開ける。

「夜分遅くに連れてきてしまって申し訳ない。一刻も早くこれを渡したくて志貴を呼んだのだ」

目の前には優しい表情の橙子が志貴の前に座っていた。

「お姉ちゃん・・・?」

まだボーっとしているのか志貴がゆっくりと手を伸ばす。

「お姉ちゃん・・・・・・」

橙子はその伸ばされた手をそっと自分の手で包む。

「まだ寝ぼけているのか?」

橙子の問いに志貴は軽く頭を振る。

「お姉ちゃんがいるのが嬉しいの・・・」

志貴は橙子の顔を見て微笑む。

───ああ、やはりこの子は心から私を信頼している。

その瞳に橙子は改めて感心させられる橙子だった。

「志貴、これを掛けてみろ」

志貴を立たせ、テーブルの前まで連れて行くとテーブルの中央に置かれていた眼鏡を志貴に手渡す。

「は、はい・・・」

「大丈夫よ。その眼鏡に度は入ってないから。そうでしょ?」

「当然だ。志貴は目が悪いわけではないからな」

少し不機嫌そうにそう言うと志貴を見る。

「その眼鏡は志貴の見えているラクガキとやらを見えないようにする眼鏡だ」

「え?」

「良いから着けてみろ」

橙子に言われ志貴は怖ず怖ずと眼鏡を掛ける。

「ぁ───ホントだ・・・見えない!線が見えない!」

「ふ、志貴の為に作った代物だ。大切にしてくれ」

「はいっ!僕、この眼鏡大事にします!」

満面の笑顔でそう言った志貴に橙子は照れくさそうに笑った。

「着けている間だけだがそれでも志貴の負担は減る」

「───掛けてるとき、だけ?」

「ああ。他にも方法はあるが───こちらの方が良いだろう」

「僕、こんな眼要らないのに・・・」

志貴は小さく呟く。

その瞬間、

「良いか、その台詞、二度と言うなよ」

酷く冷たい表情で橙子がそう言った。

「ごめ、なさい・・・・・・」

ビクリと体を震わせ、今にも泣き出しそうな顔で志貴は謝る。

そんな志貴の頭を青子が軽く小突く。

「その台詞をもし他の魔術師に言ったなら志貴は大変な目にあっているわよ。もし、志貴が『こんな目要らない』なんてそこら辺の魔術師に言ったら志貴は目をくり抜かれているかもしれないのよ」

青子の「目をくり抜かれているかもしれない」という言葉に志貴は目に溢れ出さんばかりの涙を溜めて青子を見る。

表情を和らげ、青子は志貴に微笑みかける。

「言い過ぎたかもしれないわね。怯えさせて御免ね、志貴」

青子は志貴をギュッと抱きしめると志貴に頬擦りをする。

しかし橙子は未だ表情を崩さずに志貴を見る。

「その魔眼自体が特殊なモノだ。それだけでも志貴は危険な目に遭いかねない。しかし同時にソレは志貴の切り札だ。志貴の身に予期せぬ事が起きたとしてもその魔眼の力が有れば乗り越えられるかもしれないのだ」

「お姉ちゃん・・・」

志貴が恐る恐る橙子を見る。

「この眼があっても僕のこと、好き?」

「え?」

橙子は固まった。

「志貴?」

「お姉ちゃんも・・・僕、異常なんでしょ?」

縋るような目。

二人はその時志貴が最も恐れているモノに気付いた。

「志貴、私達は志貴を嫌ったりしない。一目惚れなのよ?―――私達が志貴のこと嫌いだったらあの時助けたりしない。志貴のことが気になったから助けた。志貴のことが気に入ったから助ける・・・つまり私達は志貴のことが好きなの。分かった?」

「そうだ。いいか、青子も言ったが私達は志貴のことを大切に思っている。今後私達が志貴のことを嫌いかなんて馬鹿なことは考えるな」

橙子はそう言って志貴の頭を小突き、そっと頬を撫でる。

「うん・・・お姉ちゃん達・・・ありがとう・・・」

志貴は二人に抱きしめられ、泣いた。

 

 

スタンドライトのみがその部屋についている唯一の照明だった。

そしてその照明は重厚そうな机に光を反射させ室内を薄暗いながらも照らしていた。

その部屋で男が一人、受話器を握り電話をしていた。

「───そうか。主犯は察しがついている。───ああ、処分する。そうだな・・・死体はすぐにでも差し替える。志貴はどうした───そうか。ならば生きているはずだ。放っておけ」

チンッ

受話器を置き、男はため息を吐く。

「暴発したか・・・」

男はそう呟きスタンドライトを消した。