病院を見渡せる草原に一陣の風が吹いた。

夕日が緑の野を紅く照らしている。

「さて・・・明日もここにいらっしゃい」

「はい・・・今日は本当にありがとうございました」

「まぁた・・・そんな他人行儀じゃなくてもいいのよ」

「でも・・・」

「可愛い志貴に名前で呼ばれたいというお姉さんの気持ち、分からない?」

あう・・・可愛く、無いですから・・・・・・

「そんなところが可愛いって言うのよ」

青子はクスリと笑うと志貴に背を向ける。

「じゃあね、志貴。明日、ここであいましょう───あ、私達のことは秘密だからね」

そう言うと青子は一歩足を踏み出す。

ザアアアアッッ

風が吹き、青子の姿が消えた。

「魔法使いみたい・・・・・・」

志貴はそんなことを呟いた。

 

 

 

 

 

夜月

 

 

 

 

 

病院に戻ってきた志貴を待ち受けていたのは容赦ない叱咤だった。

「君は自分がどの様な状態なのか分からないようだね」

医者は志貴を睨み付け、怒りを露わにする。

「先程君のお父さんが来てね。君がいなかったために私達は監督不行届だと大変怒られてしまったよ。どうしてくれる?」

「え?お父さんが・・・?」

「まだ生きているのかと問われたよ・・・余程厄介者なんだな、君は」

汚いモノを見るような目で志貴を見、吐き捨てるようにそう言った。

「君の容態から考えて外には出られないと監視をつけなかったのが間違いだったよあちらの体面上も君がそこらを彷徨いて問題を起こされたら堪らないらしいからね」

それだけ言うと医者は診断もせずに立ち去った。

志貴はベッド以外何もない薄暗い個室でただ声を押し殺して泣く事しかできなかった。

 

 

「迂闊だったわ・・・」

青子は厳しい表情で病院を見る。

志貴と別れた後、嫌な予感がしたために院内の人間に術が効いているかどうか確認していた青子だったが、その術が破られていることに気付いた。

まさか見舞いが来るとは思わなかっただけに志貴の存在を院内の人々の意識から除外するだけにとどめていたのだった。

しかし、それが裏目に出たことに焦りを感じていた。

「マズッたわ・・・戻って姉さんと対策をたてないと」

青子は厳しい表情のまま踵を返すと姿を消した。

 

 

―――僕、要らない子なんだ・・・お医者さん、あんなに怒ってたし・・・僕が勝手に外に出たから・・・もしかしたらお姉ちゃん達も僕のこと迷惑に思っていたのかも知れない・・・

ずっと泣いていたにもかかわらず、涙が尽きることはなかった。

「逢いたい・・・逢いたいよぉ・・・お姉ちゃん・・・・・・」

枕に顔を埋め、志貴は声を外に漏らすまいと顔を枕に深く埋め、泣いた。

 

 

つい数分前に見回りに出た仲間を雑誌を読みながらのんびり待っていた。

夜の病院の警備はそんなに大変なものではない。

不審者のチェックと定期的な周辺の見回りだけで良い。

そう言われているだけに監視カメラと偶に見ながら時計を見て警備日誌を取る。

二人で警備をし、一人はすぐに動けるようにと警備室に常駐するのが決まりだった。

慣れた仕事とは言え、モニターを見たり入り口を見たりするのは少々怖いモノがある。

勤務前にオカルト系の番組を見てしまったからと言う理由だけなのだが―――

話しとして見たり聞いたりする程度が楽しいと言うだけで本当に怖いのは人間だというのは警備員をして数年経験を積んでいる自分が一番分かっていた。

ザザッッ――――――ザザザザザァァッッ

不意にモニターにノイズがはしる。

「?・・・!?」

警備員はモニターの異変に気付き、慌てて動こうとしたが、ある事実に気付き動けなくなった。

ある事実とは、その異変が設置されている全てのカメラに起っており、どこから先に行けばいいか判断をつけにくいということ。

そして―――

「動くな。動いたら、死ぬぞ」

音もたてずに警備室に入り込み、首に触れた刃物のようなモノを当てている何者かの出現によって警備員は身動きがとれなかったのだ。

「なんっ・・・・・・何が目的だ・・・・・・」

カラカラに渇いた喉が嗄れた声を出す。

少しでも時間を引き延ばせば見回りに行っているもう一人が戻ってくる。

一か八かの賭けをしていた警備員だったが、

「話す必要はない。暫くの間眠ってもらおう」

その台詞と共に強い衝撃を受け、警備員は気を失った。

 

 

「目的は遠野志貴―――イヤ、あの憎き七夜の小倅だ」

「遠野の屋敷ではない今ならば・・・」

「陽動で関係のない者も二、三人は片付けておけ」

数人の男達が音をたてずに廊下を進む。

そして廊下の交差点でそれぞれの場所に散る。

真の目的は―――遠野志貴抹殺。

散った者達とは別に男が二人、来た道を戻り、階段を上る。

「相手は子供とは言え七夜、油断するなよ」

「分かっている・・・行くぞ」

二人は遠野志貴と書かれたプレートの掛かった個室の前に立つとそれぞれのエモノを構え、息を整える。

一人が引き戸に手をかけ、体を滑り込ませるとベッドに向かって駆ける。

ドズッ

ベッドの中央に厚手のコンバットナイフを突き立てた瞬間にハッとする。

「いない・・・逃げられたぞ!」

「何!?チィッ!!だが階下には逃げられるはずがない。上だ!」

男達は周囲に人気がないことを悟ると素早く部屋を去った。

 

 

フワリと風に乗って良い香りが志貴の鼻腔をくすぐった。

志貴は目をこすりながらゆっくりと目を開ける。

ベッドで寝ていたはずなのに不安定なそんな感覚に志貴の意識は急速に覚醒し、自分の状態を理解した。

自分は抱きかかえられているのだと。

そして抱きかかえているのは蒼崎青子。

逢いたかった人、優しい二人の『お姉ちゃん』のうちの一人。

「――――――お姉、ちゃん?」

「あ、起きた?」

ニッコリと微笑む青子に志貴は抱きつく。

「お姉ちゃん・・・お姉ちゃんッ!」

「あらら・・・どうしたの?志貴」

「逢いたかったの・・・お姉ちゃん・・・」

涙をポロポロと零しながらギュッと抱きつく志貴の背中を青子は優しく背中をさする。

「私も会いたかったのよ。だからさらっちゃった」

冗談交じりの口調でそう言った青子だったが、その目は冷たかった。

―――後一歩遅れていたら志貴は殺されていたわね・・・

院内に入っていく不審な男達の姿を確認した青子は迷わず志貴の個室に行き、眠っている志貴を抱き上げて屋上に出て跳んだのだった。

「志貴、病院とは話をつけておいたから暫くは私達と暮らせるわよ」

「え・・・・いいの?」

ノロノロと抱きついていた腕を放し、志貴が青子を見る。

「勿論!志貴が嫌だと言っても離さないわよ」

青子はニンマリと笑うと同時に風が吹き、二人の姿が消えた。