「まったく・・・好みのタイプだったから声をかけたのに・・・厄介な子を拾ったわ」
青子はピンッと少年の額を弾く。
「んっっ・・・ぁ・・・・・・!?」
少年は目を覚まし、ビクリと体を震わせるとソファーの端へと体を寄せた。
「ぁ、あの・・・・・・」
「怯える仕草が何とも言えないわね・・・」
「ああ〜っ苛めて光線出しているわこの子」
怯えながらも必死に声をかける少年に蒼崎姉妹は顔を真っ赤にしながらボソボソと話し合う。
「あの・・・すみません・・・」
少年は目に涙を浮かべながら先程より少しだけ声を大きくする。
が、しかし
「可愛い・・・可愛すぎる・・・我慢が・・・」
「潤んだ目・・・濡れた唇・・・ツボね・・・」
「どうする?」
「・・・・・・get」
蒼崎姉妹は少年に抱きつきたい衝動を奇跡的に堪えながら話をまとめる。
トンデモナイ方向に。
七夜月君
「君、名前は何という?」
青子が途方に暮れて泣きそうな顔をしていた少年にニッコリと笑いかける。
「え?あ、あの・・・志貴、です・・・」
顔を真っ赤にし、消え入りそうな声で志貴と名乗った少年は時折青子の目をチラチラと見る。
「何もしないから大丈夫よ。しかし・・・突然私の前で死んだときはビックリしたわよ」
「・・・え?」
少年───志貴の表情が今にも泣き出しそうになった。
「やっぱり、僕・・・死んじゃったんだ・・・・・・」
声が次第に涙声になっていく。
「やっぱり可愛い・・・」
涙をポロポロ流す志貴を見て悦に浸っている青子。
「全く・・・志貴と言ったな。君はきちんと生きているぞ。そうでなければ私達が困る」
橙子が小さくため息を吐き、志貴の頭をそっと撫でる。
志貴は橙子に触れられた瞬間、ビクリと反応したが、
「っ・・・ぇ・・・っんと、に?」
「ああ。私達は生きているんだ。志貴も生きていなければおかしいだろ?」
なで続けながら橙子は優しく語りかける。
志貴は泣くのを止めようと懸命になりながらも嗚咽が止まらないために変な言葉になっていたが橙子には通じていた。
一見すると優しい橙子が志貴を慰めているように見える。
事実そうなのだが微妙に違っていた。
───ああっその顔可愛い・・・心地よすぎて手が離れないっ・・・
橙子は何かと闘っていた。
「泣かずに笑ってみろ。悲しいのがすぐに無くなる」
抱きしめて撫でまわしたいのをグッと堪えながらも橙子の説得は続く。
「う、ん・・・・・・」
志貴は小さく息を吸い、泣きやむと目を擦って微笑んだ。
その時、志貴の健気な微笑みを見た蒼崎姉妹は
志貴に何かを
コロサレタ───
食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい───青子の脳内はその台詞だけで一杯だった。
脳内麻薬が間欠泉の如く吹き出し、行為に及んでいる脳内映像が頭の中を駆けめぐる。
そして青子はオルガズムに達していた。
橙子の方も同じ理由でオルガズムに達し、小さく身震いしていた。
「志貴、偉いぞ」
橙子は声を上擦らせながら志貴の頬に手を当て反対側の頬に軽く口づけをした。
───うわっ、柔らかくて癖になりそう・・・
衝動的にそのまま抱きしめてどうにかしてしまいそうな気持ちを必死に押さえ込む。
冷静な判断能力を復活させようとしたとき、橙子はあることに気付いた。
それは、現在数十センチ内に志貴の顔があることだった。
更に志貴はキスされたために顔を真っ赤にしながらジッと橙子を見つめている。
目があった瞬間、橙子は完全に陥落した。
ゾクゾクゥッッ
「ぁ・・・・・・」
ブルルッと身震いし志貴を抱きしめる。
「僕、泣いてない、よ?」
志貴は不安げな声で抱きしめている橙子に言う。
「良いから・・・暫く、こうさせてくれ・・・」
全身で志貴の抱き心地を確かめながら押し殺した声でそう呟く。
「うん・・・・・・」
志貴は小さく頷き、橙子の背を優しく叩く。
そしてすぐ側に座っていた青子に目を向けた。
「・・・・・・」
とても優しい眼差しで志貴を見つめる青子に志貴は顔を真っ赤にして目をそらした。
───その初々しい反応が可愛いのよ!
心の中でシャウトしながら僅かに震える手で志貴の頭を撫でた。
「んっ・・・」
志貴はくすぐったそうに目を細め、その感覚を甘受する。
「志貴は可愛いわね」
それは邪な気持ちのない青子の本心だった。
「あう・・・可愛く、ないです・・・」
真っ赤な顔を益々真っ赤にし、少し拗ねたような声で志貴は反論する。
「・・・・・・・・・」
青子は言葉も出ない。脳内では無言で白旗を振っていた。
穏やかな時間が流れる。
外界からの光の入らない部屋だけにどれだけの時間が経ったのか分からない。
静寂の中、橙子が口を開いた。
「志貴・・・ここに、住まないか?」
「ぇ?」
志貴は小さい声を上げる。
「姉さん!?」
青子も橙子の突然の台詞に驚いた声を上げた。
「なんだ不服か?」
「そうじゃなくて・・・志貴の意見も・・・」
橙子のあまりの変わり様に青子はが珍しく真っ当な意見を述べた。
しかしそこが橙子の狙い目だった。
「では志貴。君はどうしたい?」
おだやかな表情で橙子が語りかける。
「あ、あの・・・その・・・」
顔を真っ赤にし、しどろもどろになる志貴に橙子はクスリと笑う。
「目が覚めたら知らない場所で知らない人間が『君は一度死んだ』と言う。そしてとどめは『一緒に住まないか』ときたら警戒するのも無理はない」
当たり前のことを失念していたといった表情の青子。
知ってて今まで言わなかった橙子は確信犯だった。
「っと・・・そんなことない、です・・・・・・」
真っ赤な顔を益々真っ赤にし、志貴は小声で反論した。
「ん?」
「えっと・・・お姉さん達優しいし、えっと、キレイだし、僕のことイジメないし・・・」
次第に声が小さくなっていく志貴だったが、二人はそんな志貴の様子をニコニコと微笑みながら見ている。
二人の顔を見た志貴は恥ずかしそうに顔を落とし、身を小さくする。
「どうするかは志貴が決めることだ。イヤならば拒否すればいいし、遊びに来たいと言うならば毎日でも遊びに来ればいい───っと、現状を言ってなかったな」
青子も「ああ、」と頷く。
「??」
志貴は不安そうな顔で二人を見る。
「そう怯えるな。その目のことと体のことだ」
その台詞に志貴の体がビクンとはねた。
橙子は気にした様子もなく志貴を見つめ、目を細めた。
「その体は人ならざるモノに殺められたモノ・・・そしてその目は魔眼といい、特殊なモノを見たり察知したりするモノだ」
「?、???」
キョトンとした顔で首を傾げる。
「姉さん・・・端的に話しすぎ・・・」
「分かっている。志貴のこの顔が見たかっただけだ」
青子の突っ込みに橙子は平然と返した。
「志貴、君はどうして死にかけていたの?あんな大怪我、即死に近い代物よ?」
「え、えっと、その・・・っと・・・・・・分かりません」
キョロキョロと虚空に視線を泳がせ、やがて俯く。
「・・・深くは聞かない。が、しかしその傷はただの怪我ではなく明確な殺意の現れだ」
ビクリと体を震わせ泣きそうな顔をする志貴に青子は優しく頬を撫でる。
「志貴、相手を恨んでいない?」
───コクリ
「そう、それなら何も聞かない。でもね、君は死ぬほどの大怪我を与えられた。それは覚えていてね」
───コクリ
「じゃあ、志貴のその目のことを教えて」
ビクッ
志貴は怯えた目で青子と橙子を見る。
「大丈夫。嫌ったりしないから・・・その目はどんなモノが見えるのか知りたいの」
「ラクガキが・・・見えます」
「ラクガキ?」
青子は首を傾げ橙子を見、顔を顰めた。
橙子のその表情は先程まで志貴を見ていた優しいモノではなかった。
「ラクガキ・・・まさか」
「ご、ごめ・・・変なこと言ってゴメンナサイ」
橙子の呟きに志貴は否定されたと勘違いし泣きそうな顔で謝りだした。
「姉さん・・・」
「──────志貴、一つ聞くがそのラクガキをどうにかしたことはあるか?」
「ぇ?」
真剣な表情の橙子に志貴は目に涙を溜めたままフルフルと首を横に振る。
「・・・そうか。では」
橙子は立ち上がると近くにあった重そうな灰皿を持って志貴の膝に置いた。
「それにもラクガキは見えるか?」
「・・・はい」
志貴が怖ず怖ずと頷く。
「ならばこれでそのラクガキをなぞってみろ」
テーブルの上からペーパーナイフを取りだし、志貴に手渡す。
「・・・・・・」
志貴はジッと灰皿を見た後、その灰皿にペーパーナイフの切っ先を宛った。
ズッッ
切っ先は何の抵抗もなくクリスタルの灰皿に突き刺さる。
シュッ
何の法則性もないような切り方でナイフを走らせた灰皿は
ゴトッ
いくつかに分割されて床に落ちた。
「・・・・・・え?」
驚き固まる志貴の手からナイフをそっと取ると橙子は険しい表情を緩める。
「まいった・・・強力な魔眼と思ったら予想外だった・・・直死の魔眼か」
「・・・・・・・・・まさかこの目で見られるなんて・・・しかも志貴が」
青子も険しい表情で志貴を見る。
「ぇぅぅ・・・・・・」
オドオド怯えた表情で身を小さくする志貴に二人は同時に苦笑した。
「怯えることはない。その魔眼があまりにも珍しいだけだ」
「志貴は可愛くて強くなる子だって事よ」
ニイッと笑いながら頬を撫でまくる青子と慰めているのか追い打ちをかけているのか分からない台詞を言いながら頭を撫でまくる橙子。
「〜〜〜〜〜」
顔をこれ以上ないくらい真っ赤にしながら志貴はコクンと頷いた。
暫くその状態が続いたが、橙子が沈黙を破った。
「今日は病院へ戻った方が良い。病院の奴等には暗示をかけておく」
「え・・・?」
志貴は泣きそうな顔で橙子を見る。
「心配するな。今日は志貴のために少し作りたいものがあるのだ。明日、迎えに行く。だから今日は戻れといっているのだ」
「あ、はい・・・」
シュンとした顔で小さく頷き、ソファーから下りる。
「病院前で良いかな?」
「はい・・・お願いします」
志貴の頭をポンポンと軽く叩く青子に志貴は小声で返答する。
「あ、あの・・・ありがとうございます」
部屋の奥へと向かう橙子に志貴はそう言い、青子の後を追って部屋を出ていった。
ドアの閉まる音がし、辺りは静寂に包まれる。
「―――ありがとうか・・・成る程、受ける身になるとなかなか良い言葉だ」
橙子はしばし目を瞑り、これから行うことについてあれこれと思案を巡らせ始めた。