「案外すんなり潜り込めたわね」

青子は志貴を抱えて高い塀を跳び越えて敷地内に入る。

「この分だと志貴を遠野槙久の所に連れて行くこともカン・・・・・・タンじゃ無さそうね」

抱いていた志貴を下ろし、青子は林の方を見る。

「・・・・・」

木の陰から一人の男が姿を現した。

「切り札・・・・って感じね。私がこいつを抑えておくから志貴は・・・志貴?」

「・・・・・志貴」

「軋間、おじさん」

志貴は男をジッと見つめ、そう呟いた。

 

 

 

 

 

夜月

 

 

 

 

 

「さて、雨も止んだことですし・・・」

バシャッ

ビルの外に出て青年は深呼吸をする。

その前方にトラックと装甲車が道路を封鎖するように停まり、重武装した屈強な男達が数十人銃を構えていた。

「敵は2,30人か・・・・第一、第二回線OPEN・・・・」

青年はそう呟き、

リィ、ンッ───

刀の柄に手を掛ける。

瞬間、青年を中心に膨大な力場が発生した。

男達はその異変に気付き、全員が一斉に発砲する。

しかし弾丸は青年を避けるように屈折し、着弾する。

「慈悲と峻厳の柱、栄光を冠するセフィリア、勝利を冠するセフィリア・・・・」

シュン

刀が鞘から抜かれる。

「      !」

言葉にならない声と共に青年は刀を横に薙いだ。

 

 

「・・・・・何をしに来た」

軋間は青子を睨む。

「私は志貴のやることを見届けるためについてきただけよ。自身の本当の過去を知った上で、志貴は自分で遠野槙久に聞きたいことがあるそうよ」

「・・・・・・・・」

ザワッッ

風もないのに木々が揺れる。

「・・・・信じろと?」

「信じるしかないんじゃないの?でなければ────私を倒して志貴を捕まえるか・・・!」

軋間が動いた。

巨大な漆黒の弾丸が青子目掛けて着弾する。

けたたましい音と共に土柱が上がった。

青子は咄嗟に飛び退き、大きく間合いを開ける。

「何もかも規格外・・・か貴男が遠野家の切り札ね」

「・・・・・・・」

軋間は何も言わずに構える。

と、

「!!」

軋間は背後からの感じた記憶のある気配に反応した。

「────先生を、虐めないで」

志貴が眼鏡を外して軋間を睨んでいた。

「志貴?!」

志貴のその行動に青子の表情が変わる。

そして、

「侵入者だ!!」

騒ぎを聞きつけた警備員が青子達を発見した。

 

 

橙子はビルの窓からその状況を見ていた。

青年が刀の柄に手を掛けた瞬間、周辺の空気が変わる。

「有り得ん・・・・」

橙子は呟く。

「七夜は・・・・体術に特化した暗殺集団のはず」

それ以前に、七夜は志貴を残して滅びたはず。

『志貴様をお守りするのが、我等七夜の使命ですから』

確かにそう聞こえた。

だが、今の奴はどうだ?

系統こそ違うが膨大な魔力を発しているではないか。

「何者なのだ・・・・」

刀を抜き、虚空を薙いだ。

ジャァァァッッ

何かが刃先より飛び出し、地面を走る。

そしてそれは奴に向かって武器を構えて走っていた男達を呑み込み、

バジャッッ

雨上がりの水たまりがどす黒い水に変わった。

「!!!」

武器を構えていた男達はその光景を見て我先にと逃げ出す。

それはそうだろう。

目の前で仲間達の上半身をまとめて切断される光景を見れば戦意は失われ、指揮は乱れる。

弾丸は全て奴を避けていく。

これでは勝てるはずもない。

ものの数分でトレーラーや装甲車。そして敵の姿が無くなった。

それは良い。

「────しかし、やってくれたな」

橙子はため息を吐く。

死体の処理についてどうしようか考えていると、

キイイイッッ

建物の前にトレーラーが横付けされた。

そしてトレーラーの中から数人の人間がでてくると、せっせと死体を運び始めた。

「・・・・・・根回しの良いことだ」

橙子はそう呟き、窓から離れた。

 

 

警備員の声は周囲に響く。

が、

「邪魔をするな」

軋間は警備員を睨むとそう言い放った。

「なっ・・・・」

警備員はその場に固まる。

軋間の視線が殺気と怒気を含んだものだったため、金縛りにでもあったように身動きが取れなくなったのだ。

「───おじさん?」

志貴の声に志貴の方を向く。そして

「行くぞ」

その台詞と同時にその体躯が弾丸のように志貴へと迫った。

それは純粋な闘気による一撃だった。

そしてその一撃は外しようもなく志貴に命中していた。

────はずだった。

志貴は地面に伏せ、腕の力だけでその場から文字通り脱兎の如く飛び退いた。

ドジャッッ

踏み込んだ足を軸にして体全体を反転させ、軋間は志貴を追う。

しかし志貴は常に動き回ることで軋間と対面に向き合おうとはしなかった。

────似ている。

軋間はあの戦いを思い出していた。

志貴の本当の父親との一戦を。

「・・・!!」

回転しながら勢い良く地面を踏みしめ、その動きを止める。

途端に軋間の周囲に紅蓮の炎が巻き起こる。

と、

視界の隅に何かが通り過ぎた。

ブンッッ

軋間の豪腕がそれを捉える。

「志貴!」

青子が叫んだ。

が、それはいつの間にか地面から盛り上がって出来た土の壁だった。

「っ!!」

軋間はハッとして反転しつつバックブローを撃つ。

ブンッッ

しかしそれも空を切る。

同時に

ズンッッ

右肺の方に衝撃が走った。

息を吸い込んだ直後であったことと、通常ではあり得ないその衝撃に軋間は苦悶の表情を浮かべる。

「あの、ごめんなさい・・・」

その時、志貴が軋間の側に立ち、申し訳なさそうに軋間を見た。