「ここの主若しくはここを守護者に告ぐ。私はここをどうこうするつもりはありません。むしろ貴方達の手助けのために派遣されました」
ドアを開け、青年は誰もいない部屋の中で大音声を発した。
「良く聞いてください。組織の上層部は今回の件に関わりたくないそうです」
室内からの返事はない。
しかし青年はそのまま言葉を続ける。
「そして申し訳ありませんが今回は貴方達を利用し、遠野家を攪乱することにしました。もっとも・・・本人達はこちらの読み通りに動いてくれているようですが」
青年の台詞に
「───貴様は一体何物だ?」
部屋の奥から何者かが姿を現した。
七夜月君
雨に濡れたアスファルトとタイヤが激しく擦れあう。
「人の車だと思って好き勝手してくれるな」
「勿論。でも事故はないわよ」
「・・・・・・・」
「国際無免許だ。事故を起こすはずもない・・・そう言いたいのだな?」
「そのとーり。姉さん。志貴をしっかり抱きしめていてね」
「当たり前だ。大切に抱きしめているぞ」
橙子はそう言って志貴を抱きしめている腕に少し力を加えた。
「・・・・・・・ぁぅぅ」
志貴は痛がっているわけではなく、恥ずかしがっていた。
「ふふふ・・・・志貴、恥ずかしい?どうして欲しい?」
「はぃぃ・・・・・」
「いい返事だ。だが、どうして欲しいか答えていないぞ?」
「あぅぅぅ・・・・・」
橙子の胸に顔を埋める格好の志貴は顔を真っ赤にして小さく呻くしかなかった。
「・・・・・・ずいぶん楽しそうね」
後部座席でじゃれ合っている二人をバックミラーで見ながら青子は遠野の屋敷へと車を走らせた。
部屋の奥から姿を現したのは橙子だった。
「・・・身鏡の法は対で一つと思っていましたが、宝石術師のような事をなさいますね」
青年はため息を吐き、鈴を外してポケットにしまった。
「これで下の階の方も動けるはずですから、あまり無理をなさらずに」
「貴様は一体何者かと聞いている」
橙子は青年の台詞を遮り、睨み付ける。
「────組織から依頼を受けたのは事実です。私の目的はここの警護と遠野家の攪乱・・・」
「七夜志貴の誘拐はどうした」
挑発的な態度でそう言った橙子だったが、
「本人が遠野の屋敷にいることよりも自由を望めば・・・しかし、どうやら流れは決まったようなのでその件に関してはこちらの出る幕は無さそうです」
微苦笑する青年に橙子はため息を吐き、警戒を解く。
それは青年の言動に嘘偽りが見られないと言う意味と、あまりにも自然で静かな挙動に本能が闘うことに対して警告を発したためであった。
「私がどうした所で貴様に勝てはしない・・・好きにしろ」
「済みません。しばらくの間一階をお借りしますね」
青年は軽く会釈すると部屋から出る。
と、振り返り
「 、 」
それだけ言って降りていった。
キッッ
車が止まる。
「門をぶち破るのも魅力的だけど、それだと色々問題があるから車はここで停めておこうと思うけど、どう?」
「そうだな・・・塀を乗り越えていく方が見つかる可能性は低いか」
橙子は小さく息を吐き、
「私はここに残る。青子、志貴を頼んだぞ」
「え?、ええ。分かったわ」
「お姉ちゃん?」
眼鏡を取りだしてそれを掛けると橙子は微笑する。
「・・・少し、疲れているの。志貴、青子の言うことを良く聞いて、志貴の思ったように、後悔の無いように事に当たるのよ?」
志貴の頬を撫でる橙子に志貴は小さく頷き、
チュッ
橙子の頬にキスをした。
「・・・え?」
「初めて会った時、お姉ちゃんが僕にしてくれたから・・・その・・・」
「ああ、行ってらっしゃい。志貴」
フッと気を抜いて力のない笑みを浮かべると橙子は志貴の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「青子」
「何?」
「気を付けなさい。遠野家の屋敷には切り札があるそうよ」
「分かった。姉さん、戻ってくるまでゆっくり休んでいて」
「そうさせてもらうわ」
互いに口元を僅かに歪めて笑うと青子と志貴は車を降りた。
執事は目的地へと急ぐ。
目的地は館の中にある軋間家が逗留している部屋。
「軋間様」
目的地に着きドアをノックするが中からの返事がない。
どうしたものかと考えている時、
「あの、紅摩様でしたら先程屋敷をお出になりました」
側を通りかかった女中がそう言った。
「何?!」
「紅摩様以外のご家族のみなさまは志貴さまの救出にと、久我峰様が・・・」
女中の台詞を聞き、執事は槙久の書斎へと踵を返すと走り出した。
───大規模に動かれては後々問題が起きてしまう。
執事は槙久の書斎に着くと呼吸を整えてドアをノックする。
「入れ」
「久我峰様と軋間様は独自で志貴様の救出に向かっているとの報告が」
「聞いた。後処理も含めて久我峰がするそうだ。紅摩はその時いなかったと言うことだが」
「女中の話では一足前に屋敷を出たとのことです」
「そうか・・・・しかし、そうなると屋敷の守りが疎かになるな」
槙久はそう呟き、大きく息を吐いた。
「下がれ。呼ぶまで待機していろ」
「・・・・畏まりました。失礼致します」
執事は一礼すると槙久の書斎を出た。