「それは、どういう意味だ?」
「お父さんが嘘を吐くときは僕すぐ分かるもん。喉のところがピクピク動いたり少しだけお父さんの感じが変わるから、僕すぐ分かるんだ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
志貴の台詞に二人は顔を見合わせる。
志貴の言っている事は表面的な事と内面的な事の両方を言っているのだろうとは分かっていたが、それだけでは志貴を槙久に会わすわけには行かなかった。
しかし、
「───そうだな。会わせるだけ会わせると言う考えもあるな」
橙子はそう言ってフォークを置いた。
七夜月君
「姉さん?!」
ギョッとした表情の青子に橙子はチロリと青子を見る。
「今なら可能だ。奴等は私達が遠野の屋敷に乗り込んでくるなんて思わないだろう」
「でも流石に何の用意もなく向こうに行くのは・・・」
慎重な姿勢の青子に首を横に振り、
「あまり時間がない。奴等は今事務所を襲って徹底抗戦を受けているわけだが、向こうも莫迦ではないだろう。私達が脱出、逃走している事も視野に入れて行動していると考えるのが妥当だろう」
どちらにしても既に相手によってスタートしてしまったのだ。そう呟きながら取り皿を手元に寄せる。
「・・・・・事務所のアレは何処まで保つの?」
「あの様子だと撃退は難しいだろうな。まあ、もし保たなかったとしても私達の元に辿り着くまで数日は掛かるだろうな」
僅かにずれた眼鏡をかけ直し、口元だけ笑みを作ってみせる橙子に、
「ああ、そう言う事」
青子はニヤリと笑い、納得したように頷いた。
志貴は不安そうに二人を見ていたが、青子がニヤリと笑い頷いたので話が終わったと判断したのか食事を続けた。
リィーン
リィーン
鈴の音が建物の中に響く。
外は豪雨にもかかわらず、その音は響いていた。
いや、
外の雨音は全く聞こえなくなっていた。
橙子は呆然とした表情で立ち尽くしていた。
コツ、コツ、コツ・・・
一人の青年が橙子の前に立つ。
しかし橙子は動かない。
まるで魂が抜けたかのように微動だにしない。
「偽物ですか・・・人形師と聞いていましたが、このようなモノまで作れるとは・・・」
呆れたような感心したような声。
青年は小さく息を吐き、橙子を避けて階段を上る。
階段を上るその足取りは警戒感も緊張感もない。
ただ、目的が上の階だから上っているだけと言わんばかりの歩調で上る。
「二階三階がは工房で・・・四階が確か事務所でしたか」
そう呟きながら青年は階段を上り四階の扉を開け、同時に
リィーン
手に握っていた鈴を鳴らした。
「───何?」
槙久の声に執事はビクリと体を震わせた。
薄暗い室内。
窓ガラスに叩き付けられた雨粒が独特の音を室内に響かせる。
時折風向きが変わり窓に叩き付けられる雨の強さが変わる。
その音が執事の自信の無い台詞をかき消していた。
しかし、聞き返された以上先に言った台詞を一字一句違わずに答えねばならない。
「奪還に向かわせた部隊は先程より通信が途絶えたままで・・・」
執事は小さく息を吸い、ハッキリと答えた。
「他の者達はどうした」
「組織の別働隊達に阻まれていまして・・・現在組織側に話を通してい・・・」
「突き破れ」
執事の台詞を遮り、槙久はそう告げる。
「しかし!これ以上の無理を通した場合、状態を悪化させる事に・・・」
槙久の台詞に危険な色を感じた執事はそう言って止めたが、槙久は険しい表情で執事を睨む。
「七夜の息子がこの手の内にあればこその現状だ。今ここで知られては悪化どころの話ではない」
「・・・・畏まりました」
執事は深々と一礼し、部屋を出た。
七夜の名は今尚畏怖の対象であり、七夜の里を滅ぼし、その力を受け継いでいるとされている七夜の嫡子を遠野が管理している現在、組織は七夜を管理している遠野を警戒し、遠野に感知させるような大きな動きを見せずにいた。
つまりは停戦状態にする事が出来たのだった。
「今はまだ・・・」
ボソリと呟く槙久の声が部屋に沈んでいった。
食事を終え、三人はレストランを出る。
雨は弱まったものの、いまだに降り続いていた。
「雨はまだ止まないか・・・」
車に乗り込み、ため息を吐く。
「お姉ちゃん・・・?」
「姉さん?」
橙子は小さく頭を振ると小さく息を吸い込み、大きなため息を吐いた。
「───何でもない。さて、行くか?」
顔色の悪い橙子に志貴が不安そうに見詰める。
「・・・・お姉ちゃん、大丈夫?」
「姉さん、無理せずに少し休んでからでも」
流石に尋常ではないと判断したのか青子も休むように告げる。が、
「いや、少し調子に乗って食べ過ぎただけだ。気にするな」
口元を歪めて笑ってみせる橙子に青子はそれ以上何も言わなかったが、志貴は今にも泣きそうな顔で橙子の腕を掴む。
志貴のその様子に橙子は天井を見上げて大きくため息を吐く。
「────志貴には敵わんな。青子、運転できるか?」
眉間を押さえてそう言った橙子に青子は自信に満ちた表情で
「勿論。国際無免許資格保持者の私に任せなさい」
冗談なのか本気なのか分からない台詞を吐いた。