離れた建物から青子と橙子が先程まで自分達がいた建物を眺めていた。

青子は両手で志貴の耳を塞ぎ、そのまま軽く頭を揺すって遊んでいる。

しかしその表情は険しい。

「で、姉さん。一体何を出したのよ」

「本物と偽物。それと予備だ」

橙子は壁にもたれ掛かり天井を見上げたまま答える。

「ふぅん・・・姉さん。アレ、見覚え無い?」

青子の台詞に橙子は僅かに眉を顰めると窓辺に立つ。

橙子は目を細めて建物を見ていたが、

「・・・・・組織まで動いているのか・・・何が起こっている?」

建物から目を離し、そう呟いた。

「さあね。蒼崎杯志貴争奪戦の飛び込み参加・・・・って感じかしら?」

「下手をするとそうなのかも知れないな」

橙子は詰まらなさそうにそう言うと、

「とりあえず夕食にしよう。そうだな・・・ホテルをとって当面の寝所も確保しないとな」

「じゃあ行くとしますか」

二人はニヤリと笑うと窓から離れた。

 

 

 

 

 

夜月

 

 

 

 

 

志貴は上座にチョコンと座っており、次々と出されてゆく大量の料理に挙動不審になっている。

青子と橙子はその様子を見て悦に浸っていた。

「良いわね・・・こんな志貴って」

「・・・もっと虐めて目をウルウルさせたい・・・」

「泣かない程度にね」

「ああ。困った志貴の顔ほどクルものはないからな」

不穏な発言が飛び交っているにもかかわらず志貴はどれから手を着けて良いか分からず、そして食べようとしない二人を気にして自分も食べようとはせず、仕舞いには涙目で青子と橙子に無言で訴えていた。

「そんな目で見詰められたら何でもしてあげたくなっちゃうじゃないの」

「スマン、志貴。悪戯にしては度が過ぎた」

二人はそう言って苦笑しながら志貴の側に座り、共に食事を始めた。

 

 

「幻覚と強制睡眠・・・いや、催眠か」

男は建物に入ってすぐに倒れている男達を目にした。

───防犯装置にしては軽いな。

男は胸のポケットからタリスマンを取り出すとニヤリと笑う。

「インビジビリティは有効か・・・」

そう呟くと男は歩を進める。

「遠野の兵もうちの兵もあまり変わらないか・・・」

廊下に倒れている男達を無視してそのまま奥へと向かう。が、

「人の敷地に土足で入ってくるとはどういう了見だ?」

「?!」

男の前方数メートルの位置に一人の女性と黒犬が姿を現した。

「蒼崎・・・橙子」

男の表情が険しくなる。

そこに立っていたのは紛れもなく蒼崎橙子だったのだ。

「どうした?私を捕まえるために来たのだろう?しかも協会には黙って」

「!!」

男の表情が驚愕の表情となった。

「愚かな奴だ。己の技量も知らずに徒党を組めばやれるとでも思ったか」

橙子は腕を組み、壁にもたれる。

「黙れ・・・貴様を殺して遠野の長男を渡せば莫大な謝礼が入る」

「私が誘拐をしたと?馬鹿も休み休み言え。だが、どうせ言っても分からない・・・ならば」

橙子はパチンと指を鳴らす。

同時に側に控えていた黒犬が男に襲い掛かった。

男はホルスターから銃を抜くと黒犬目掛けて銃を撃つ。

が、

「残念だったな」

「か、あ、ああ・・・・・」

男の目は限界まで開かれ、小刻みに痙攣する。

そして数秒も経たずに男は地面に倒れた。

「───敷地内に反応無し」

橙子はそう呟くと踵を返し二階へと上がる。

しかしその足が止まり、再び一階へと戻る。

「・・・・」

橙子は無表情で窓から外を見る。

雨足は僅かに弱まっているものの、依然として豪雨である事に代わりはなかった。

外には二人の人物が立っていた。

チリン───

音もかき消す豪雨の中、鈴の音が建物の中に響いた。

 

 

「・・・・・」

食事をしていた橙子の動きが止まった。

「姉さん?」

訝しげな顔で橙子を見る青子だったが、

「────どうやら本気で潰しに来たようだ」

橙子の台詞に「ああ、」と納得したように呟いた。

「で?何がやられたの?」

「ダミーの方だ」

「ダミーって・・・まさか」

「ああ。似姿の方が一瞬でやられたようだ」

淡々と状況を述べる橙子に青子は何かを感じ取った。

「ま、いいわ。それよりも今は志貴との食事が最優先ね」

「そう言う事だ」

無心でパクパクと食べる志貴を見て表情を和らげる二人だったが、二人とも気がかりな事があった。

それは『どうやって安全に志貴を槙久に会わせるか』であり『志貴と遠野槙久を会わせた後どうするか』であった。

「志貴、もう一度だけ聞くけど・・・遠野槙久と会ってどうするつもりなの?」

青子は志貴に確認のために橙子が聞いた質問をもう一度問う。

「んむにゅ?」

「───それ食べてからで良いから」

「・・・・んっ、と・・・どうして僕を助けてくれたのかと、お父さんは僕をどうするのか聞く・・・」

志貴はそう言いながらナイフとフォークを置く。

「しかし口では何とでも言えるぞ」

橙子が志貴の台詞に即座に反応した。

「?」

志貴は言っている意味が分からないのか首を傾げる。

「いや、遠野槙久が嘘を吐けば君はそれに気付かないではないか」

「大丈夫だよ」

橙子の台詞に志貴はニッコリと笑うと、

「だってお父さんは嘘は吐けないんだもん」

自信たっぷりにそう言った。