雨が降る。

晴れるわけでもなく、かといって雨が降るわけでもなかったどっちつかずな天気だったが、とうとうポツリポツリと雨が降り出した。

街路を歩いていた者達はその雨に反応し、少し足を速める。

しかし、

サァァァッ――――ザアァァァァッッ

ほんの一瞬の小雨から突然、土砂降りになり道行く者達を右往左往させた。

 

 

 

 

 

夜月

 

 

 

 

 

「・・・連絡が取れないだと?だったら汚れ役を数人連れて行け。そうだ。見つけ次第捕獲しろ。それ以外は殺せ」

男は苛立たしげにそう言うと勢いよく電話を切った。

そしてすぐに別のところに電話を掛けると、

「―――奴らに連絡を入れろ。封印指定の住処を教えてやるのだ。奴等も喜んで参加するだろう。だが、こちらのすることは口を挟ませるなよ」

男は電話を切り、深々と溜め息を吐く。

「―――もう一度、記憶を操らねばならんな」

そう呟くと椅子に深く身を預け、溜め息を吐いた。

 

 

「だがな・・・会って訊いて、どうするつもりだ?」

「ぇ?・・・・」

橙子の台詞に志貴は戸惑いの表情を見せる。

「そもそも何を訊く?」

「ぇ、ぅ・・・・・・」

志貴は俯いて膝に乗せていた手を忙しなく動かす。

「あの・・・・どうして僕だけ助けてくれたのかな、とか」

「他には?」

「僕をどうするのかな、とか・・・」

「では、助けたのは気紛れであって君が邪魔になったので殺す。若しくはそのまま飼い殺しにする・・・と言われたらどうする?」

橙子は静かに問う。

「・・・・・助けてくれたのは嬉しいし、みんな優しかったし・・・でも、殺されるんだったら逃げる。飼い殺し・・・ってよく分かんないけど殺すって言葉はきっと怖いことだからやっぱり逃げる」

「どこに逃げる気だ?」

「・・・・・お姉ちゃん達に迷惑掛けちゃ駄目だから・・・僕、僕の住んでいた所に行こうと思う」

俯いてボソボソと喋る志貴に、

「ばぁか」

青子は力一杯に頭をクシャクシャに撫で、その両頬を抓んだ。

「ふぇぅぅぅぅぅっっ・・・・」

「今更何言ってるの。私達は君を助けた時点で巻き込まれているの。分かる?それに今君は狙われている。そして私達は君を放ってはおけない」

グニグニと頬を引っ張りながら言葉を続ける。

「私達は君がもし家無き子だったら面倒を見てあげようと思ったし、姉さんだって最悪、志貴の姿を変えてまで匿おうなんて考えちゃったりする程志貴の事を思っているんだから」

「ちょっとマテ。何故私が・・・」

青子の台詞に橙子は腕を組んだまま顔を顰める。

「知ってるわよ。材料に足りないものはないかチェックしていたのを見てたし」

ニンマリと笑って橙子を見る青子。

「〜〜〜〜〜〜っ!!」

一方の橙子は顔を真っ赤にして無言の叫びを上げていた。

「・・・・お姉ちゃん?」

志貴は怖ず怖ずと橙子の顔をのぞき込む。

橙子は小さく咳払いをすると真剣な眼差しで志貴を見る。

「─────確かに。それも選択肢の一つとして考えていたのは確かだ。志貴。君がもし良ければ今の姿を捨て、新しい別の人間としてスタートする事も可能だぞ」

「????」

志貴は橙子が何を言っているのか分からずに小さく唸る。

「姉さん・・・志貴には難しすぎるわよ」

「む、そうだな・・・」

青子の言葉に橙子は僅かに眉を寄せる。

「───やはり止めておこう。志貴。今の話は忘れてくれ」

「うん。よく分からなかったから別にいいよ」

フニャッと力のない笑みを浮かべて志貴はそう言うと小さく背伸びをした。

「・・・・さて、食事にするか。外で食おうと思うのだが・・・どうだ?」

「賛成」

「うんっ」

「よし。では───行くとするか」

橙子はクローゼットを開け、何かゴソゴソとした後に何事もなかったかのように扉を閉める。

「物騒な防犯対策ね」

青子の台詞に橙子は小さく肩を竦め、

「今回ばかりは・・・な」

そう言って笑って見せた。

 

 

バシャッッバシャッ

土砂降りの中数人の男達が車から降りた。

「・・・・・」

男の一人が小さい身振りで合図を送ると他の男達が頷きそれぞれの持ち場へと走る。

雨は激しく、先があまり見えない状態だった。

「・・・・」

男が手を挙げると背後に別の男達が立つ。

「・・・・・」

男は同じ動作をし、背後に立っていた男達も先程の男達と同じようにそれぞれの持ち場へ散っていった。

雨は更に激しさを増す。

もはや視界はゼロの状態だった。

男は暫く時計を見、やがて防水ケースに入った無線を取り出し、

「GO」

たった一言。

その言葉と同時にかなりの人数の気配が建物の中へと消えていった。

そして同時に、

ガガガガガガッッッ

この土砂降りの中。何かに向けて発砲する銃撃音と、

「ああああああっっ!!」

「ひぃぃぃっっ!!」

悲鳴や叫び声が離れた場所に立っている男の耳にも聞こえた。

「どうした。何があった?応答しろ」

男は無線に向かって何度も呼びかけるが反応がない。

「・・・・・」

男は大きく手を挙げると後ろに待機させていた車を走らせる。

ジャッッ・・・・ジャッッ

土砂降りの中、男は一人で目的の建物へと姿を消していった。