───僕が悪かったのかな・・・

四季兄ちゃんは僕のことが嫌いだからあんなコトしたのかな・・・

いつも窓から見ていた子も、お父さんも、秋葉も、翡翠ちゃんも・・・

本当は僕のこと嫌いだったのかもしれない・・・

だって、お見舞いも来てくれない。

お父さんは僕を親戚の家に預けるって言っているみたいだし・・・

僕、捨てられちゃったのかな・・・・・・

 

 

 

 

 

夜月

 

 

 

 

 

薬品の匂いが僅かに鼻をくすぐる。

外は晴天だった。

そんな中、遠野志貴は病室のベッドの上で考えていた。

どうして自分は生まれてきたのだろうか

どうして自分はこんなにも嫌われているのだろうか

どうして世界はラクガキだらけなのか───

世界が変わってしまったと思った。

しかしそのことを医師に言えばまたきっと怒られる。

目を覚ました時に一度ラクガキのことを一言、たった一言言った。

しかし医師はそれを否定し、志貴を実験体を見るような目で見始めた。

医師達はとても冷たい目で志貴の言葉を聞こうとはしなかった。

志貴は恐怖に震えた。

医師達は哀れみの言葉をかけるが目は試験動物を見ているようだった。

怖かった。

誰にも言えず、人の目が・・・特に医師の目が怖かった。

そしてある日、志貴は病院から逃げ出した。

走って

走って

躓いて

起き上がって

走って

走った

背後を見ることなく走った。

どれだけ走ったか分からない。

そして気が付くと小高い丘の上に立っていた。

志貴は荒い息継ぎをしながらもまだ走ろうとした。が、

「っあ・・・」

ズキリと胸が痛み、それと同時に眩暈を起こしてその場に踞った。

草原の中で一人。

志貴は自分が草原に埋もれていくような錯覚を覚えた。

そして心臓の鼓動が次第に弱くなっていく感覚もあった。

───死んじゃうのかな・・・

脳裏に浮かんだ言葉は立った一文字、『死』

「やっぱり───死んじゃうのかな・・・」

急に心細くなった志貴は小さく丸まり、ギュッと目を瞑った。

と───

「危ないじゃないの。君、そんなところで寝ていると蹴られるわよ」

唐突に

志貴の背後から女の人の声がした。

しかし、

「っぁ・・・・・・」

志貴はその声が届く前に意識を手放した。

 

 

蒼崎青子は困っていた。

「そんなに驚かせたかしら・・・?」

ピクリとも動かない少年を前に青子はそう呟きながら屈み込んだ。

「ほら、気を失ってないで起きなさい───って」

少年を抱き起こした瞬間に青子の顔色が変わった。

「何よそれ・・・洒落にならないじゃないの!」

少年を片手で抱き上げると

跳んだ───

それは通常の跳ぶではなく、瞬時にしてその場から姿を消したのだった。

「誰もいない所でのたれ死ぬなら兎も角私に声をかけられて死ぬなんて冗談じゃない」

グッタリとしている少年を見、僅かに顔をしかめた。

「不思議な状態ね・・・にしてもどんな子なのかしら」

病衣を着て踞っていた少年。

倒れたのであれば何かの発作と判断しただろうが青子はすぐに少年の様態を見抜いた。

命の半分が抜け落ちてしまっていることに・・・

「厄介なモノ拾っちゃったな・・・」

小さくため息を吐き、青子はある場所に降り立った。

そこは───

「姉さん。急患よ」

蒼崎青子の姉蒼崎橙子の自室だった。

「急患ならば病院だろうが・・・ン?その子が急患なのか?」

部屋の奥からなかば呆れたような声と共に眼鏡を掛けた一人の女性が姿を現せた。

「ええ。命の半分が抜け落ちているのよ」

「ほぉ・・・興味深いな」

「面白くないわよ・・・目の前で倒れられたんだから・・・このまま死なれても寝覚め悪いし」

「好みのタイプだったか?」

「・・・・・・否定はしないわ」

「身寄りがなければ飼うつもりなのだろう?」

橙子はクククと小さく笑うと青子が抱いている少年を見る。

「話はここまでだ。その少年の生命力が低下し続けているぞ」

そう言いながら橙子はソファーを指さす。

「そこに寝かせてヒーリングでもかけていろ。準備をしてくる」

クルリと踵を返し、橙子は奥の部屋へと向かう。

そして青子は少年をソファーに寝かせるとヒーリングをかけ始めた。

 

チュプンッ

洗面器に張られたお湯に手を入れ、冷え切った手を暖める。

橙子はジワリと来るその感覚に力の消費が酷かったことを今更ながら感じた。

「───厄介な例だったな」

「ぶっ倒れるまでヒーリングをしたのは初めてよ・・・」

少年のすぐ横に座り僅かに震えるその身を抱きしめることで強引に止めていた。

処置を終えた少年は血色の良い顔色でスースーと眠っていた。

「全く・・・こっちの苦労も知らないで可愛い顔で寝ちゃってねぇ・・・」

少年の鼻を指先で軽く弾き、次いで前髪を優しく撫でた。

「弟を猫かわいがりしている姉のようだぞ」

「・・・・・・本気で飼って良い?」

「術師か人外の者の関係者だ。まずは様子を見ろ」

橙子も止める気はないようで、トンデモナイ事を口にした。

「―――もしかしてストライクゾーン?」

「懐かれたら微妙だな。だがもう少し成長して欲しいものだ」

「・・・・・・共有財産と言うことで」

「ああ」

少し離れた所で紫煙をくゆらしながら橙子は頷いた。