生きるか死ぬかの戦いを常にしているということを知れ。
如何なる時であろうとも如何なる場所であろうとも気を抜いてはいけない。
その気の緩みが即、死に繋がる。
身内であろうとも親兄弟であろうとも気を許す事なかれ。
我らは万人から疎まれし存在と思え。
それが七夜黄理の考えだった。
欠片
「本日はここまでとします」
老人が終了の令を発した瞬間に男の前にいた幼子がバタリとその場に倒れた。
「ぅ・・・ぁ・・・」
力無くそう呻きながら何とか立つ。
その姿はあちらこちらが泥と擦り傷だらけで立つことすらままならないといった状態の少年だったが、老人が立ち去っていないことに気付き、何とか一礼をする。
「───志貴様、そこまで無理をなされなくても」
厳しい表情をしていた老人は志貴の一礼を見届けると一変して心配そうに志貴を見る。
しかし志貴は首を横に振るとフラフラとおぼつかない足取りで洗い場まで向かった。
「───やっているようだな」
「御館様」
老人の背後に気配もなく現れた男に老人は深々と一礼する。
「恐れながら・・・あの年で何もあそこまでやらなくとも良いのではありませぬか」
老人は一歩下がると頭を垂れてそう進言する。
しかし、
「我らは闇。しかしこの身が闇より隠した時既に後ろ盾はない」
男はそう呟いた。
その台詞が意味するものが何であるのか老人には痛いほど分かっていた。
「──────では」
「近く、何か起きることは間違いない」
静かに、しかしハッキリとしたその一言が何よりも重かった。
志貴は洗い場で顔と手だけを洗うとそのままフラフラと森へと向かった。
木々は力強くそびえ、葉は青々と茂っていた。
太陽は天頂より傾き気温はいよいよ暑さを増す。
しかし、森の中は葉がその光を受け肌に心地よい程度の光を届ける。
風が吹き、木々の葉が一斉に合唱し、頬を風がくすぐる。
軟らかな土と木々の香りが疲れを癒す。
志貴は特に大きな木の虚に入ると中で丸まった。
それは毎日の日課となっていた。
疲れたときに木に抱かれて眠る。
目が覚めたとき、何故か屋敷の中にいるものの、その間はとても暖かく、優しい何かに抱かれているようでとても気持ちよかった。
「んっ・・・・っ・・・・ぅ」
志貴はズキリと痛む体を自分なりに気遣いながらゆっくと目を閉じる。
そして数分と経たないうちに静かな寝息がその木の虚から聞こえてきた。
「──────」
ザッと大地を踏む音がした。
男は大きな木を眺め、その木の虚を見る。
その中には志貴が丸まって静かに寝息をたてていた。
「またここに来ていたか・・・」
男はそう呟き、微笑する。
そして志貴を木の虚から出し、抱き上げる。
頭を優しく撫で、男は目を細める。
眠っているにもかかわらず幸せそうに微笑む志貴。
「志貴・・・」
男は志貴にそう呟くと軽く一息吐き、館に向かってゆっくりと歩を進める。
志貴を抱く男の表情は酷く、穏やかなものだった。