のんびりとした日曜の午後はけたたましい警報の音で破られてしまった。
「何!?何が・・・」
「何の警報ですか!?」
慌てる秋葉とシエルさん。
バンッ
そこに翡翠ちゃんがいつになく慌てた様子で駆け込んできた。
「敵襲です!志貴さま。急ぎ屋敷の奥へ!」
「え?え?え?」
「ここまで騒ぐ敵襲とは・・・まさか!」
秋葉はハッとした表情をし、翡翠を見た。
「はい────敵は、有間啓子です」
ナニカ、トテツモナクナツカシイジンメイヲキイタキガシマシタヨ?
PANIC〜有間啓子の挑戦〜
「そんな大袈裟な・・・」
シエル先輩。それが大袈裟じゃないんです・・・
『翡翠ちゃん!アルクェイドさんが止めている間に早く志貴さんを!』
館内スピーカーから切羽詰まった琥珀の声が響く。
「アルクェイドでも止めるのが精一杯と!?」
「本気でやれば恐らく撃退できるでしょうが・・・教会すら見て見ぬふりをするあの化け物を滅殺することは不可能でしょう」
「教会が見て見ぬ振りを?───そんな馬鹿・・・それは死徒ではないからです!」
「死徒ではなくても人の領域を大きく逸脱しています」
「アレを止められる唯一の男は・・・彼は倒されたというの!?」
秋葉が凄い剣幕で叫んだ。
『申し訳ありません。事情を知らないものが彼の上司になったようで・・・』
「クビね」
『手配済みです。久我峰様方含む役員一同全会一致で可決されました』
「シエルさま、アルクェイドさまに加『アルクェイドさんが中段当て身を喰らいました!』───手遅れのようですね」
遠くでトラック事故でも起きたような轟音が聞こえたんだけど・・・何だか、お母さんのパワー上がってませんか?
「嘘・・・」
シエルさん、呆然としている暇無いです。
『軋間さまとシオンさん、それに───顔を隠した女性が二人程行く手を止めています!』
「志貴さま!お早く!」
「・・・・大丈夫。僕はここにいるよ」
「そんな!」
僕の科白に秋葉が悲鳴をあげる。
「───わたしも出ます」
「シエルさま。本気で殺すつもりで挑んでください」
「え、ええ・・・」
翡翠ちゃんは最終防衛ラインとして僕の側にいるつもりみたいだ。
「琥珀、琥珀!」
「はいは〜い」
琥珀さんが白鞘の刀とノートパソコンを持って部屋に入ってきた。
「そう・・・あなたも残るのね」
「勿論です。久しぶりに翡翠ちゃんと共に戦っちゃいます」
「それよりも・・・彼は」
「あの方はすぐに帰還命令を出しましたのでもうすぐ戻られると・・・」
一つ、大きな爆発音が聞こえた。
琥珀さんは慌ててノートパソコンを開いた。
画面には防犯カメラと思われる映像が映っていた。
───あれ?あの人、何処かで見た事ある気が・・・
「き、軋間さま戦闘不能!シオンさんと覆面女性1が戦域を離脱しました!あ、シエルさんが戦闘区域に突入!」
「軋間のあの一撃を正面から受け止めるとは・・・」
「受け止められなければアルクェイドさまを止める事は出来ません」
驚き戸惑う秋葉に翡翠ちゃんは冷静に戦力を分析している。
「───保って4分ですね」
琥珀さんは聞いた事がないくらい真面目な声で呟いた。
「彼女の力は未知数ですが、もう耐えられないでしょう・・・妥当な時間ですね」
えっと、シエルさんはモノの数に入ってません?
───あ、黒鍵を一斉に投げ・・・全部止められてる・・・・
「やはりシエルさまでは時間稼ぎにもなりませんか」
「翡翠ちゃん、分かってて送り出しましたね?」
「いえ、シエルさまが本気で戦えば多少時間が稼げたはずなのですが・・・どうやら見込みが外れたようです」
「ですね〜・・・シエルさんは甘い方ですから」
翡翠ちゃんも琥珀さんもなかなか酷い事言ってる気がする・・・って、お母さん本当に何処まで化け物になったんですか!?
「あ〜あ・・・覆面女性2も撤退してしまいましたか・・・あ、とうとうシエルさんは第七聖典を出してきましたね」
うわ、本気モードだ・・・・
「効くのならとうの昔に倒していますが・・・まぁ、時間稼ぎにはなるかも知れませんね」
エ?ヒスイチャン、イマ、ナント・・・
そう突っ込もうとした瞬間、シエルさんが第七聖典をお母さん目掛けて発射した。
同時に、
「「嘘!?」」
秋葉と僕は同時に叫んだ。
だって、第七聖典から射出された杭のようなものを両手で受け止めたんだ・・・・
「敵ながら見事ですね」
「あの速度を見切れないのならわたしの居抜きなんて見切れるはず無いですよ」
イヤイヤイヤイヤ、おかしいよ!?
お母さん、なんかゴハーって呼気を・・・
「終わりましたね」
「流石シエルさまです。咄嗟に第七聖典を盾にして致命傷を防ぎましたか」
踏み込んだ瞬間と繰り出した突きが、見えなかったんですけど・・・
「・・・姉さん。来ますよ」
「覚悟を決めますか・・・秋葉さま。いざとなった時はお願いします」
翡翠ちゃんと琥珀さんは頷いて秋葉を見る。
「────二人とも、生きなさい」
秋葉は爪が皮膚を破るくらい強く拳を作ってる。
確かに・・・映像を見ると死線だ。
僕は画面を見る。
あ、あれ?
「お父・・・さん?」
「来ましたか!?」
お母さんの足が止まっていた。
声は聞こえないけど、何か話している・・・
僕はじっと映像を見ているしかできなかった。
「やっぱり、邪魔するのね・・・」
啓子は行く手を塞ぐ文臣を睨んでいた。
「志貴の生活を乱すのは止めろと言ったはずだが?」
「ギュッて抱きしめたいのよ!分かる!?あの子を抱きしめて感覚を楽しんだ後に着せ替えするこの唯一無二の私のパラダイスタイムを!!」
「更に悪化される前に離したんだ・・・人の息子をこれ以上オモチャにされてたまるか」
そう言い放ちながら文臣は二本の短棍を持ち構える。
「正面から来ようと言うの?」
「ああ・・・偶には良いだろう」
文臣の姿が消えた。
次の瞬間、文臣は啓子の直前に姿を現し、
カーーーーーーーンッ
木と木が打ち合わさるような音がし、啓子がゆっくりとその場に倒れた。
「え?」
「閃鞘で縮地をも越えましたか」
「あのお方ももはや人の領域を越えましたね・・・」
「え?なに?なにが・・・」
映像を見ていた四人の中で、分からなかったのは僕と秋葉だけ。
なんか翡翠ちゃんと琥珀さんは何をしたのか分かったみたいだ。
「あの、翡翠ちゃん。説明を・・・」
「はい。文臣さまは人智を越える速さで啓子さまの眼前へと踏み込み、同時に左手の棍を啓子さまに向けて真っ直ぐ投擲し───」
「それを啓子さまが受け止めた瞬間にすかさずその棍の底をもう一方の棍で突いたのですよ。その破壊力は恐らく第七聖典の倍は軽く越えているでしょうね〜」
必殺の突きってことは分かったけど・・・お母さん、死んでない?
僕は改めて映像を見ると・・・
お母さんはどうやら正気を取り戻したようだった。
「───やはり、彼でなければ止められないようね」
秋葉が深いため息を吐く。
お母さんを止められるのはお父さんだけだというのは分かっていたけど・・・ここまで凄かったんだ・・・
「わたしは警戒態勢解除を行います」
「ええ。琥珀、負傷者の手当をしてあげて」
「畏まりました」
翡翠ちゃんと琥珀さんは足早に部屋を出ていった。
「一時はどうなるかと思いましたが・・・何とかなりましたね」
秋葉は心底疲れたといった顔でため息を吐いた。
その時、また警報が鳴った。
「今度は何!?」
「秋葉さま!この反応は朱鷺恵さまです!」
────うわ〜・・・どれだけ危険度の高い人達が周辺に居るんですか・・・・
僕はため息を吐きながらとりあえず朱鷺恵さんを迎えに部屋を出た。