語れと言われたので語らなくてはならない。

わたしの名はシエル。

わたしは昨日、こんな夢を見た───

 

 

 

 

 

第一夜

 

『過去の悪夢』

 

 

 

 

 

それは突然だった。

平穏な日常

穏やかな日々

それらが音をたてて壊れたのは

何が引き金になったのかは分からない。

何故わたしを選んだのかは分からない。

わたしは心の底から神に訴えた。

何故わたしがこのような目に遭わなければならないのですか───と

初めは夢に出ていた。

わたしが人の血をすする夢───

そして血を吸われた人は次の日行方不明になっていた。

中には変死体となって路地裏に無惨な死体を晒していたときもあった。

そしてある日、

何かのスイッチが入るような感覚と共にわたしはわたしを傍観するモノとなった。

わたしの目は見ていた。

この手で親を殺すのを。

わたしの体は感じていた。

死にゆく者の体温を。

意識はあったが体は全く違う意志で動いていた。

それは───悪夢。

とても優しかった近所の雑貨屋のおばさん・・・

泣き叫びながらわたしを箒で殴っていたが、わたしに殴られ動かなくなった。

いつものんびりとしていた角のおじいさん・・・

わたしに向かって物を投げながら必死に逃げようとしていたが、わたしに喉笛を引き裂かれ、己の血のシャワーを浴びながら息絶えた。

力持ちだった肉屋のおじさん・・・

人を押しのけ逃げ回っていたが、わたしに追いつめられると泣きながら命乞いをしてきた。

しかしわたしはそのおじさんの胸に穴をあけ、血をすすった。

明るく誰にでも優しかった神父様・・・

わたしのことを悪魔といい、必死に悪魔払いの儀礼を行っていた。

しかしわたしを乗っ取っていたモノはそれに対して何の被害もなく、わたしは神父様の首を手折り、その血を吸った。

わたしじゃないわたしじゃないわたしじゃないワタシジャナイこんなのわたしじゃない!

何度も叫んだけれどわたしの口からその言葉は一言も出ない。意志とは関係なく体は人を殺し、血を奪い、そして嗤っていた。

トテモユカイソウニ

そんな時、一人の女性が現れた。

金髪の

冷たい瞳を持った女性───

その時、初めてわたしはわたしの声を聞いた。

それは目の前にいる女性の名前のようだった。

『アルクェイド・ブリュンスタッド』と

同時にわたしの体を乗っ取っているモノの記憶が僅かながら流れ込んできた。

それはわたしを乗っ取っているモノ、ロアの記憶だった。

わたしがその記憶を見ている間、わたしの体を乗っ取っているロアは女性───アルクェイドと壮絶な戦いを繰り広げていた。

記憶を見ている間、わたしは次第に自分の意識が解けていく気がした。

ハッキリとは答えられないが、ロアとわたしの意識が混ざり始めていたのだと思う。

一コマずつ近くと遠くのスライドを見ているようだった。

一秒一秒の動きがカチャカチャと変わるのだ。

わたしはボウッとしながらその様子を見ていた。

 

それが数日間、あるいはもっと長く続いていたが、ある日、ロアが体からいなくなった日があった。

わたしは町の様子をこの目で確かめるべく外に出た。町に人気はなく死都と化していた。

それは死者の群がる町ではなく、誰もいない荒れ果てた廃都―――

町の至る所に血の跡があり、至る所に肉片が散らばっていた。場所によっては火の手が上がり、野良犬やネズミの気配すらなかった。

仄暗い中、わたしは家へ向かった。

もしかしたら───生きているかもしれない。

もしかしたら───死んでいるかもしれない。

不安が不安を呼び、わたしは駆けていた。

これだけの不幸を経験したのだから神様はきっと───

わたしは家の前に立ち、恐る恐るドアを開けた。

そこで見たモノはわたしという自我を失うのには充分すぎる光景だった。

頭を壁に打ち付けられ、グシャグシャになって判別できなくなっていた。

そして体という体に切り傷、噛み傷があり血は一滴も残ってはいなかった。

手足は反対方向に折れ曲がり、両掌は壁に釘で打ち付けられていた。

そしてその心臓には木の杭が深々と突き刺さっていた。

これは人間がやったんだ───

わたしは両手で顔を押さえ跪く。

───神よ。彼方は罪なき者に対してこのような仕打ちをなさるのですか?

わたしは咽から血が出るほど叫び泣いた。

涙と鼻水で顔を押さえていた手がふやけた。

けれども次から次へと涙も鼻水もあふれ出る。

体の中にある水分がすべて出るのではないかというほど出ていた。

そして再びスイッチのはいるような感覚と共にわたしはわたしではなくなった。

またあのロアという奴が帰ってきたのだろう。

わたしは抗う術もなくロアに体を明け渡した。

そして更に数日が過ぎ、わたしはふと目を覚ました。

わたしはあの女性───アルクェイド・ブリュンスタッドと対峙していた。

彼女はジッとわたしを睨み、やがてゆっくりと口を開いた。

「わたしに殺されてまた逃げるの?」

「もう既に次の転生先は決定済みだ。たとえ殺されてもそれだけでは力は戻らない・・・それでも殺し続けるか?」

わたしは薄く嗤い、彼女を挑発する。

刹那、

眼前に彼女の爪が迫る。

その目は先ほどの赤とは違い金色へと変化していた。

わたしはその時死を悟った。

わたしの体を乗っ取っていたロアもそう思ったのだろう。

フッとわたしの体からロアがいなくなったのが分かった。

そして次に来たのは熱さと───体が別れたという感覚。

そして深い闇だった。

 

わたしの周りが回転し、色々な光景が見えた。

楽しかった家族との思い出。

見慣れた町並み。

仲の良かった友人達。

そして──────

激しい激痛が全身を駆け抜けた。

───これで・・・死ぬ・・・

わたしはその瞬間に目を開いて周囲の風景を見た。

気が狂うほどの痛みの中、わたしは死の瞬間まで周囲の風景を見続けようと思ったから。

真っ先に飛び込んできたのはわたしの体。

切断面は引き裂かれたのか酷い状態だった。

その側には険しい表情でわたしを見る彼女。

しかしわたしに対して興味を無くしたのかクルリと踵を返し、立ち去っていった。

ポツリポツリと小粒の雨がわたしの頬に当たる。

サァ────ザアァァァッッ────

少量の雨が突如大雨に変わる。

───ああ、わたしはこんなにも惨めな死を迎えるのか・・・

そんなこと考え、当然だと頭を振った。

自分の意志ではなくてもこの手で多くの人を殺したのだから───

でもやっと死ねる・・・そう、奴もいなくなったのだ・・・

意識が混濁していく。

わたしは───死ねる──────

 

 

わたしはそこで目が覚める。

そしてわたしの過去の行為を嘆くのだ。

「ああ、何という罪深いことを」と

わたしがその後教会の埋葬機関に身柄を拘束され、そこで死を越える死を受けた。

そう。わたしは体を裂かれて死んだはずなのに生きていたことを彼等は知っていたのだ。

わたしが彼等の言うところの先代ロアであったことも───

わたしの体はどのような理屈かは知らないがどのような傷を受けても即死するような攻撃を受けても回復する。

それは治癒ではなく時間の逆行───わたしの体組織の時間はあの死の直前から全く動いていないのだ。

どうしてわたしにだけそのような能力を与えるのですか?

どうしてわたしにだけそのような罪業を与えるのですか?

わたしは───死にたい───

そんなことを思いながら一人ベッドの上で踞る。

毎夜見るその夢は大体3時間の夢だ。

0時を回った頃に寝たとしても3時には起きる。

それからわたしはずっとベッドの中で踞り、朝を待つ。

朝日を見れば夢を忘れられるから。

朝になれば生きた人たちに会えるから。

朝になれば遠野くんに会えるから──────

 

わたしは夢を見るのが怖い。

夢を見るのが恐ろしい。

しかし、最近、その夢を見る回数が減ってきている。

毎夜見ていたその夢は二日に一度になり、三日に一度になり───

最近では見なくなっていた。

しかし昨夜久しぶりにこの夢を見た。

やはりわたしはこの夢を忘れるわけにはいかない。

この手で殺してしまった人達のためにも。

今はもう、不死ではないけれど、残りの生を精一杯生きようと思う。

どうせ地獄に行くのだろうから、せめて生きている間は幸せでいたいから・・・