「ちょっと待ってください。貴方と話がしたいのですが」
部屋の扉に手を掛けた時、バゼットにそう声を掛けられ、
「・・・・チッ」
そして、不機嫌そうなキャスターの舌打ちも聞こえてきた。
「何で?」
「・・・・冗談ですからそんな悲しそうな顔をしないで下さい」
キャスターは志貴の困った顔を見て慌てた。
「あの、お出かけの方は大丈夫なのですか?」
「貴方を追いかけようとしていただけなので・・・問題はありません」
バゼットは柔らかい笑みを浮かべ、カツカツと歩み寄る。
「私の名はバゼット・フラガ・マクレミッツ。虎頭の人物より貴方に情報提供と形式上の後見人になるよういわれた者です」
「あの、わざわざスミマセン・・・」
謝る志貴にバゼットは小さく頭を振る。
「いえ、私は聖杯戦争に勝ち残ることを目的としていますが、叶えたい願いがある訳ではわけではありません」
「お、おい・・・」
流石にキッパリと言われ、ランサーは慌てる。
「私は勝つ。そして貴方は負けない・・・それだけで充分では?」
「────まぁな。しかし、そこのキャスターはそう思っていないようだぞ?」
バゼットとランサーがキャスターを見る。
「・・・・・・」
キャスターは二人を睨んでいた。
が、
「?」
志貴がキャスターを見た瞬間、その表情は一瞬で笑顔に変わった。
(訂正。ありゃ過保護なだけだ)
(確かに過保護ですね・・・・)
小声で話し合うバゼットとランサー。
「まぁ、俺としては面白い奴と戦えればそれでかまわねぇけどな・・・だが、最後は嫌でも闘うことになるんだぞ?」
「それが良く分からないんですけど・・・詳しい説明を伺いたいのですが、僕の部屋で聞かせていただけませんか?────あ、まだ警戒されているなら下のラウンジで」
「お気遣い無用です。そうですね、現状況と貴方の立場を説明しなければなりませんね」
「マスター、先に私が入り、中を確かめます」
キャスターは志貴からキーを取るとドアを開け、先に中に入った。
「どうぞ」
OKサインは1分と経たずに出た。
志貴はオドオドと部屋に入る。
「うわぁ・・・・・・」
そこはスイートルームだった。
「・・・こんな豪華な所、逆に休まらないよ」
キョロキョロと辺りを忙しなく見回す志貴に一同が微苦笑する。
「確か貴方は遠野グループの長男だったと記憶していますが・・・」
「?、あ、そっか。ジョーさんから僕のことは一通り聞いていたんですね」
志貴は納得したように頷くとバゼットに向き直る。
「はい。一応形式上は長男ですが・・・実際は遠野の人間ではないんです」
微苦笑する志貴にバゼットは申し訳ないと謝る。
「バゼット・・・さん、でしたね。マスターの立場と現状の説明をお聞かせいただきたいのですが」
キャスターは志貴に椅子を用意するとその後ろに立ち、視線を向ける。
そしてバゼットの口から出てきたものは志貴の思考を止めるのに充分すぎる程の破壊力があった。
「・・・・・・・ハハハ、また逃げてるんだ・・・追っ手も増えてるし」
遠野志貴はまだ逃げていた。
追っ手は魔術協会・埋葬機関・遠野グループなのは変わらないが、グレードが上がっていた。
時計塔だけでなくアトラスと呼ばれる普段は絶対に動かない部門のトップが動いており、更に埋葬機関も手の空いた司教を派遣して志貴を捉えようとしているとのこと。
両者の間には紳士協定が結ばれ、リアルタイムで情報交換をしながら志貴を追っているらしい。
更に、死祖の数人も志貴を追っているらしいとのこと。
バゼットも詳しい話は知らないと言ってはいるが、とんでもないことになっていると言うことはその表情を見て志貴にも理解出来た。
「因みに懸賞金を総合計すると1億ドルを超えます」
「・・・・・・・・・・・・・」
その科白で志貴の思考は完全にショートした。
「勿論貴方のことを告げることはありませんのでご安心を」
「─────うん、凄く、助かる・・・・・ありがとう」
疲れ切った笑みにバゼットは心配そうに志貴の顔を見る。
「あ、それと僕のことは志貴と呼び捨てで構いません。むしろそうして下さい」
「分かりました。私のこともバゼットと呼び捨てにしていただいて結構です」
「うん・・・でも、昼間外に出る時はお姉ちゃんって呼んで・・・・も」
志貴は言葉を止める。
「お姉ちゃん・・・・・・・・」
志貴は自身が地雷を踏んだことに気付いた。
「分かりました!私は志貴のお姉ちゃんです!したがって志貴を守るのは当たり前の行為!それは使命、いえ、天命なのです!!」
「・・・・・・・・・・・」
ランサーがバゼットを呆れたような目で見た後に志貴を見た。
志貴はランサーにご免なさいと両手を会わせて謝る。
「────彼女は、大丈夫なのですか?」
戸惑いの混じった声色でキャスターが志貴に問う。
志貴に対してはテンションの高いキャスターですら戸惑うバゼットのテンションの高さ。
「うん。こんな感じの人・・・・知り合いにいたから何とかなるよ」
心底疲れたような顔でキャスターに微笑みかけ、小さくため息を吐いた。