漆黒よりも暗い闇。

闇が駆け、天を覆う。

そしてその闇を追うように光が天に昇り、

続いて煉獄の炎が天を焦がす。

天より落ちる炎の弾に大地は焦土と化し、

動物も、建物も、全てが脆く灰と化す。

その中で一人の老いた老婆が最後の力を振り絞り、何かを伝えようとしていた。

一冊の書物を大事そうに抱え、自らは火傷を負いながら、必死に本を守り、真っ直ぐ歩いていた。

そしてその老婆は一人の少年を見つけた。

目立った外傷はない。しかし立つことすら困難な程弱っていた。

しかし、その少年は生への執念か必死に体を動かし、その場から逃げようとしていた。

老婆は立ち止まり。少年をジッと見つめる。

その表情は

 

 

老婆は本を開き、何か呟いた。

途端に老婆の周囲に風が集まる。

その風は周囲に渦巻いていた熱風ではない。

大地を冷し、少年の命を救う涼風だった。

「―――立ちなさい―――」

老婆が声を発する。

少年が立った。

しかしその少年は意識がないのか虚ろな瞳だった。

「そう、この子ね・・・」

老婆はそう呟くと本を開いたままその本を少年の額に押し当てた。

ズッッ───

本は何の抵抗もなく少年の額に入っていく。

「君は珍しい縁をもっている。君ならば救えるかもしれません」

そう呟くと天を見る。

「円還か連還か・・・書は君の血となり肉となるそして君は騎―――」

老婆は言葉を最後まで発することはなかった。

風が吹き、老婆は砂塵と化したのだ。

老婆が消えた瞬間、少年は何かから解放されたようにガクリと膝をつき、そして倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SILENT NIGHT

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が見たのは───それで全部です」

病室のベッドに座ったまま俺は医者に答える。

「相当な惨劇の中の唯一の生き残りが君なんだ。もう少し他のことは覚えていないかい?」

「―――茶色い人。足が潰れた人。真っ黒な人・・・」

「い、いや・・・それは思い出さなくても良いんだよ。君がいた付近が最も酷かった場所だったんだ。その人達の事じゃなくて何が原因でああなったのか・・・何か変わったことが起きなかったか分からないかい?」

医者にそう言われて俺は首をかしげる。

俺が覚えているのはそれだけでそれ以上のことは覚えていない。

あの焼けて崩れていく家と両親。

悲鳴を上げながら逃げ惑う人達。

逃げられず、生きたまま焼かれていく人達。

そして力尽きて倒れた自分。

生きているのも不思議だった。

それは医者も同じらしく、俺は何度も検査を受けた。

『何か変わったことはあったか』って質問なんて医者と一緒にいるスーツ姿のおじさんからここ3日間で3回聞いている

でも答えは同じ。

それ以外覚えていないのだから仕方ない。

それでも一生懸命聞き出そうとしているこの人達がとても滑稽だった。

 

暫くそんな日が続いていたけど、ある日一人のおじさんが俺の所にやってきた。

「士郎君、だね」

おじさんはそう言って俺をジッと見る。

「おじさん―――?」

『誰』と言おうとして止めた。

このおじさんを見た気がする。

そう、確か―――

俺を助けたおじさんだ。

「ぁ・・・・・・」

「どうやら覚えていたようだね」

おじさんは少し緊張していたのかフウッと息を吐いて背中を丸める。

「猫背はいけないんだよ」

俺が注意するとおじさんはおじさんは苦笑いをしながら僕を見る。

「ははは・・・ホッとしたら気が抜けてね」

「おじさんも警察や消防局の人?」

「違うよ。おじさんは君に用があって来たんだ」

「よう?」

「うん。身寄りがないらしいと聞いたからね。助けたのも何かの縁だから君を引き取ろうかと思ってね」

あまりにもストレートすぎる言い方に僕は少し困ってしまった。

「・・・そういうのって、こんな風にストレートに言うことか?」

「いずれ選ばなきゃいけないことだからね。突然来たおじさんに引き取られるのと孤児院に行くの、どちらが良い?」

「――――――おじさんに引き取られた方が良い」

孤児院で勝手に親を決められるよりは、自分で親を決めたい。

俺はそう思っておじさんにそう答えた。

「そうか」

おじさんはホッと一息吐くと僕に手を差し出した。

「じゃあ―――改めてよろしく。僕の名は衛宮切嗣。君はこれから衛宮士郎となるんだ」

「えみや・・・しろう」

自分の新しい姓名を名乗ってみる。

「―――」

ガチリと何かが合わさった。

「衛宮士郎・・・」

もう一度呟く。

なんだか、違う自分になった気がした。

僕はその日から『衛宮』という姓を名乗ることになった。